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TORENDIA

面白味

本文約1,000字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

伊東で静養中の著者は、同郷の食通の料理人が作った牛蒡の煮附を通して、「美味いが塩辛い」という欠点と「欠点はないが美味くない」という料理の対比に思いを馳せる。そこから学業や品行に欠点はないが面白みに欠ける人間像について論じ、日本と英国の価値観の違いを考察する。美徳に含まれない「面白さ」の重要性を、ユーモアの訳語という観点から捉え直し、人生における面白味の意義を綴る随筆である。

中谷宇吉郎

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🎧 面白味 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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昔、伊東で病気を養っていた頃、東京の一流料理店の主人が、遊びに来たことがある。料理店を通じての友人ではなく、同郷の男である。

私にはよく分からなかったが、何でも非常な食通で、料理の腕も一流だという噂の男であった。それで女房が、伊東の材料で、何か料理を教えてもらいたいと頼んだ。

それで材料を買いに出たわけであるが、驚いたことには、この先生、道路の真ん中を悠然と歩きながら、「あの牛蒡は食える」とか「あのこんにゃくはいい」とか言う。指差す方を見ると、なるほど小さい八百屋の店先に、そういうものがならんでいる。

それらを買って来て、いろいろな料理をしてくれたのであるが、そのうちの牛蒡の煮附には、ちょっと驚いた。土のついた牛蒡を洗って、大きく斜めにさっさと切って、鍋に抛り込む。そして酒と醤油だけで煮附ける。それだけのことである。醤油など、一升瓶からドクドクと注ぎ込むので、大分過剰にはいったらしい。

食べてみると、果して塩辛い。「どうもこれは辛いようだが」と聞いても、先生すましたものである。「いい牛蒡ですよ。なかなか美味い。唯醤油が少しはいり過ぎたので、少し塩辛いだけだ」と平気な顔をしている。

その時は、ひどく強情な男だと思ったが、考えてみると、そういう理窟も成り立つ。というわけは、この逆の場合を考えてみれば、すぐわかる。

料理のうちには、甘過ぎもしない、塩ッ辛くもない、酸っぱさも丁度いい、何一つ欠点はないが、唯美味くはない、という料理だってあり得る。そしてそういう料理が、一番始末に負えない代物である。「美味いが、唯少し塩ッ辛いだけだ」という方が、まだましである。

これは何も料理だけに限った話ではない。人間にも、学業は優秀、品行は方正、身体は強健、人附合いは満点、何一つ欠点のない男で、唯面白くはない、という人もある。欠点がないだけに、非難のしようもないので大いに困るが、どうもそういう人とは、本当の友人にはなれそうもない。

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