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TORENDIA

低温室だより

本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

札幌の低温研究室は、雪や氷の研究だけでなく、凍土や生理学、細菌学に至るまで多様な実験が並行して行われ、八畳ほどの狭い室内は常に満員状態である。中谷宇吉郎は、訪れる修学旅行生らとの交流や、潜水艦のような過密な実験環境の様子を綴る。多忙な日々の中で繰り広げられる様々な学術的研究の試行錯誤と、研究者たちの日常が生き生きと描かれる。

中谷宇吉郎

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🎧 低温室だより / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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一

御名前の記憶ちがいだったら大変失礼であるが、楚人冠先生か誰かの随筆の中にこんな話があった。

先生が、大分昔の話であるが、どこかの田舎で講演をされたことがあった。聴衆は村の人たちで、知識階級などというものとは凡そ縁の遠い、ただの農家の主人とか娘さんとかいう人たちであった。

その講演がすんで辞去されようとしたら、世話役の人が、とんでもなく大きい籠に卵を一杯入れて、御礼にくれたそうである。昔のことで、卵などふんだんにあった時代の話なので、先生は少し持て余し気味ながら、折角の厚意と思って貰って帰られたそうである。

ところが、家へ帰ってその卵を喰べようとしたら、一つ一つにそれぞれ名前が書いてあることに気がつかれた。即ちその時の聴衆が、御礼心にそれぞれいくつかの卵を自分の家から持ちよったものであった。

毎日その卵を一つ一つ召し上った時の先生の嬉しそうな顔がその文章のどこかにほの見えていた。

この話と関連して思い出したのは、御礼状のことである。この頃、特に夏休みになると、色々な人が、ひっきりなしに私どもの低温研究室を見学に見えるので、いささか閉口している。もっともそういう方たちに実験の結果や低温室の設備の説明をすることも、広い意味でのつとめの一つなので、出来るだけ時間を繰り合せて案内をすることにはしている。

ところで、そういう人たちの大多数の方は、帰られてから御礼状をよこされる。それは大抵きまって邦文タイプライターの書状か、或は奉書の巻紙に楷書で丁寧に認めたものかである。邦文タイプライターの方は、主として官庁関係に多く、巻紙の方は実業方面で、秘書が丁重に認めたものである。こちらはつぎつぎと仕事に追われているので、こういう御礼状などは貰っても、それを印象に留めることは出来ないのであるから、少し無駄だという気もするが、先方にしたら、見学や出張の締めくくりをするという意味でも、全然放っておくことも出来ないのであろう。

勿論そういう儀礼上の手紙ばかりではなく、本当に丁寧に自分で認めて、色々と見学の際の印象などを詳しく言ってよこされる方もあるので、その方は聊か恐縮ものである。

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