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TORENDIA

雑記

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

稲毛の海岸で偶然拾った江戸時代のめんこから、江戸の塵がこの地に運ばれ土となったという空想を綴る「江戸時代のめんこ」と、自然科学の知識が欠如していた忽必烈と北条時宗の双方にとって、颱風が歴史的転換点となった元寇の史実を論じる「元寇」を収める。気象という自然の摂理が、過去の英雄たちの運命を左右したという視点から、歴史の興味深い側面を描き出す随筆集である。

中谷宇吉郎

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一 江戸時代のめんこ

下町に家があった頃である。ある五月の日曜の朝早く、久しぶりで、千葉の稲毛の海岸へ出かけた。

下町の真中に住んでいた自分には、花曇りの頃から引続いて随分鬱々しい厭な時期であった。

丁度この日は珍しくよく晴れていたので、特に感じたのかも知れないが、稲毛の松林の中から、空気の透明な空と海の映えた色とを眺めながら、久しぶりで気持よく海岸に遠くない麦畑の中を歩いて行った。

考えるともなく、この頃読んだもののことなどを思ってみた。何でも、科学的の真理などというものはそのような特殊のものが、ちゃんと別の色と形とをもって、ある所に並べられているように無意識的に考えられている。そのために科学的の考え方が、別の世界のことのように、即ち職業的な科学者や、特に数学などに明るい人々だけに可能なことのように一般に思われている。しかし実際は、そんなものではないという、自分のような者にはかなり都合のよい論旨だったので、一人でいい気持になっていた。

ふと、麦畑の土にまみれて、一個の一銭銅貨大の土器片らしいものに気がついて、立停ってみた。肥料に用いられた魚の骨と石ころと一緒に、同じ一色に土にまみれている。

久しぶりの心のゆとりで、静かにそれを拾い上げて見た。するとその一片は、風雨に曝されながらも、現代に珍しい型のめんこの破片であることが分った。何かやはり人の面につくったものらしく、そのグロテスクな顔付が、どうしても現代の品ではない。少し驚いて、麦畑の中をなおよく見廻して見ると、同じようなめんこやその破片が、ぽつりぽつり見つかってくる。今まで気の付かなかった自分の足跡の下からも出てくる。

蛇の丸くなっているもの、玉という字が模様のように太く書いてあるもの、役者のような顔、鬼の面らしく角が生えていて、その角が欠けてわずかに痕をとどめているものなど、随分珍しいものばかりである。破片まで入れると十個に近い。

めんこの一つ一つを大切に撫でて、土を落しながら、日の当っている麦畑を出て、海の見える松の下に腰を下した。そしてぼんやりとめんこのことを考えてみた。暖かい光を背にうけていると、汗ばむ位の気持だった。

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