建国の事情と万世一系の思想
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あらすじ(AIが作成しました)
日本民族の形成と国家統一の過程を歴史的事実に基づき論じる。記紀などの文献を批判的に検証し、先史時代から続く民族の生活や社会構造を分析する。その上で、日本民族から生じた皇室が歴史的変遷の中で民衆と対立することなく存続してきた経緯を考察し、現代の民主主義社会において皇室が国民の精神的象徴として調和し、愛される存在であるべき意義を提言する。
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今、世間で要求せられていることは、これまでの歴史がまちがっているから、それを改めて真の歴史を書かねばならぬ、というのであるが、こういう場合、歴史がまちがっているということには二つの意義があるらしい。
一つは、これまで歴史的事実を記述したものと考えられていた古書が実はそうでない、ということであって、例えば『古事記』や『日本紀』は上代の歴史的事実を記述したものではない、というのがそれである。これは史料と歴史との区別をしないからのことであって、記紀は上代史の史料ではあるが上代史ではないから、それに事実でないことが記されていても、歴史がまちがっているということはできぬ。史料は真偽混雑しているのが常であるから、その偽なる部分をすて真なる部分をとって歴史の資料とすべきであり、また史料の多くは多方面をもつ国民生活のその全方面に関する記述を具えているものではなく、或る一、二の方面に関することが記されているのみであるから、どの方面の資料をそれに求むべきかを、史料そのものについて吟味しなければならぬ。史料には批判を要するというのはこのことである。例えば記紀において、外観上、歴史的事実の記録であるが如き記事においても、こまかに考えると事実とは考えられぬものが少なくないから、そこでその真偽の判別を要するし、また神代の物語などの如く、一見して事実の記録と考えられぬものは、それが何ごとについての史料であるかを見定めねばならぬ。物語に語られていること、即ちそこにはたらいている人物の言動などは、事実ではないが、物語の作られたことは事実であると共に、物語によって表現せられている思想もまた事実として存在したものであるから、それは外面的の歴史的事件に関する史料ではないが、文芸史思想史の貴重なる史料である。こういう史料を史料の性質に従って正しく用いることによって、歴史は構成せられる。史料と歴史とのこの区別は、史学の研究者においては何人も知っていることであるが、世間では深くそのことを考えず、記紀の如き史料をそのまま歴史だと思っているために、上にいったようなことがいわれるのであろう。