魔性の女
本文約9,800字 ・ 読了時間 約20分
あらすじ(AIが作成しました)
会社員の本庄は愛人の桃子と逢瀬を重ねる傍ら、霊能力を持つ妻・安子の異常な執着と監視に苦しんでいる。安子は夫を完全に支配しようと心霊の力で精神を縛り付け、行動の全てを掌握しようと試みる。自由を求める本庄は妻との離別を強く望むが、彼女は死してなお魂となって夫の心に寄り添い続けると執拗に告げる。耐えがたい圧迫感の中で理性を失った本庄は、安子との衝突の果てに逃れられない宿命と混濁した精神の渦へと飲み込まれていく。
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一
会社を退出した時には桃子にも連れがあったので、本庄とは別々の電車に乗ったが、S駅を降りると、彼はもう先に着いて待っていた。
二人は腕を組んで夕闇の迫った街を二三町も歩くと、焼け残った屋敷街の大きな一つの門の前に立ち止った。
桃子は眼を丸るくして、門冠りの松の枝を見上げ、
「あんた、このおやしき?」
「うん。素晴らしいだろう? 会社への往きかえりに毎日前を通っていてね、いい家だなあと想っていたんだ。今朝、出がけに寄って、部屋を見せてもらった。離室の茶席、とても素的だぜ。没落した華族さんの内職にやっている御旅館兼お休息所さ。ここなら会社の人なんかに絶対知れっこないからね」
「だって、私――」
桃子は尻り込みして、
「あなたのお宅といくらも離れていないんでしょう? そんなお膝もとで――、会社の人よりも奥様に感付かれたらどうするのよ」
「燈台もと暗しさ。遠征すると反ってばれる。これなら、奥様だって、仏様だって御存じあるまいさ」
構えが堂々としているので桃子は気おくれして、入りそびれていると、客の気配を聞きつけて、奥から出て来た素人臭い女中に案内され、多摩川砂利を踏んで、右手の朱雀門から庭の茶席へ通された。
数寄を凝らした部屋を物珍しそうに眺めていると、庭下駄の音をわざと大きくたてながら、先刻の女中がお銚子とビールにちょっとしたつまみものを運んで来た。
「御用がございましたら、ここのベルをお押し下さいませ」
本庄の座っている壁際に、ベルが取りつけてあった。女中が出て行くと桃子はお銚子を取り上げて、本庄の盃についでから、自分はビールを呑んだ。
「まさか、奥様、あなたと私とのこと、御存じないんでしょう?」
「多分ねえ。君が僕の病気見舞いに来た時、あとでいやに褒めてたから――、どうだかなあ」
「知れたら困る?」
と眼で笑った。
「困るなあ。だが仕方がない。君とはどうしたって別れられないもの」
「だって、奥様は絶対にやかない人でしょう?」
「うむ。だが――、嫉妬れる方がいいな。黙ってただじいと眺めていられるのは辛い」