江戸川先生に始めてお目にかかったのはもう二十年近くも前のことです。
池袋のお宅のお座敷で、先生をお待ちする間、私の心は好奇心と不安が交錯していました。
と、いうのは、その頃。
「江戸川乱歩先生のお書斎にはドクロがつるしてある。お化けの人形がぶら下っている、その無気味な雰囲気の中で、先生は深夜人の寝鎮るのを待って、蝋燭の灯で仕事をされる」等々の記事が雑誌に掲載されたり、人の噂にのぼっていたからです。
とにかく先生は普通の方ではない、だからああいう小説がお書けになるのだと私は思っていました。が、それにまた異常な魅力を感じ、いつも驚異な眼で御作を拝見していたのです。エキセントリックな方だ、とは思っていました。作品全体に漂う、幻想、怪奇、猟奇から考えても、そういう御生活をしていられるのは当然なこと、これは事実だろうと思っていました。
それから大変気難しい方だとも聞いていました。私は怖れをなして一度尻込みしてお目にかかりたいという希望を捨てようかと思ったのです。
「そんなに心配することはありません。とても親切ないい方ですよ。僕は原稿を持って行っては、教えて頂いているんですが――」
これはたった一人の先生のお弟子だと自称していたある青年が、私の心をはげましてくれた言葉でした。
そういういろいろなことを、頭に浮べながら、軽卒にお訪ねしたことを、半分後悔しながら、ぼんやりとお庭を眺めていました。
ところが、お座敷に姿をお見せ下さった先生は、ゴシップや想像を裏切って、気軽な明るい、いかにも社交的な朗らかな方なのにまずびっくりしてしまいました。
いい加減の噂はするものではない、また噂を信ずるものではない、と、つくづく思ったことでした。お目にかかった瞬間に私の不安は一っぺんに吹き飛んでしまいました。あの青年の云った言葉がほんとだったのです。
そのことを後で青年に話しましたら、青年得意になって、
「先生にはいろんな面があるから一口にこういう方だと、云いきることは出来ませんよ。僕は一度浅草にお伴をした時、公園の砂利の上に座って乞食の真似をされた。その時なんざあ絶対に明るい社交的な方とは見えませんでしたからね」