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本庄恒夫と辰馬久は篠突く雨の中を夢中で逃げた。体を二つにへし折り、風に追われながら、夜の市街をひた走りに走った。その時、一緒に馳けていた辰馬久が、ふいと身を転して横町へ折れた。続いて曲ろうとした途端、本庄は行手の暗がりから、ぬッと出て来た大男が、辰馬の後を飛ぶ如く追跡するのを見た。
「危い! 捕りやしないか?」
ぎょッとして思わず心で叫びながら、立ち縮んだ。辰馬に誘われ、初めて行ってみた賭場に運悪く手入れがあって、二人は命からがらここまで落ちのびて来たのである。
今夜に限って、どうしたものか円タクはどれもどれも客が乗っていて、空車には一度もぶツからなかった。
もうこうなっちゃ仕方がない、どんなに夜が更けようと、ずぶ濡れになろうと、いよいよ小山まで徒歩いて帰らなくてはならない、と思っている処へ、有難い事に、一台の空車が通りかかった。朦朧ランプに照らされた空車の二字が目に入った刹那、本庄は救われたような喜びに我を忘れて合図の手を高くさし挙げ、停るのを待ち兼ねて、
「小山まで、――西小山だ!」と云うなりハンドルに右手をかけて、飛び乗った。
「あッ!」
忽ち何かに躓いて前へのめった。その拍子にぐにゃりと柔かいが、しかし弾力のあるあたかも護謨の如きものの上に、両掌と膝頭とを突いたのだった。
「何だろう?」
手探りでそッと撫で廻してみると、異様な感じがする。冷ッこいがすべすべした、まるで人肌だ。
生憎ルームの電燈が消えているので、車内は暗くって、硝子窓から、時折さし込む街燈の灯も、シートの下までは届かなかった。
「君、ちょっと、電気を点けてくれないか」
運転手は答えない。風雨に声を奪われて、聞えないものと見える。
「チョッ」
本庄は舌打ちしながらポケットを探り、マッチを擦った。と同時に、彼はマッチを放り出し、シートの上に尻餅をついてしまった。