和製椿姫
本文約9,200字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
東山春光から、重病で寝たきりだった第二夫人・美耶子が何者かに連れ去られたとの相談を受けた私立探偵の「私」。依頼主の体面を重んじる意向と、自身の良心の間で葛藤しつつ調査を開始する。連れ去った犯人が、かつて美耶子に恩義を持つ流行歌手の青年であることを突き止める。彼は彼女を救い出すために連れ去ったと語り、私は二人の事情を知る中で、美耶子の最期を見届けることとなる。
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1
私が玄関の格子を開けると、母が馳け出して来て、
「御殿山の東山さんからお使いが見えたよ、今朝っから、三度も」と急きこむように云った。
「どんな御用?」
「重大事件なんだって、至急、御相談したいから、日名子さんがお帰りになったら、直ぐお出で下さるようにって」
「事務所の方に電話くれればいいのに――東山さんなら事務所から直接行った方がずッと近いのにねえ」と、私は気が利かないじゃないかと云わないばかりの口吻で云った。
「度々かけたがお話中ばかりで通じなかったって云ってたよ。東山さん待っていられるだろうから、日名さん、あんた行って上げたらどう?」
「そうね。あの性急な東山さんの事だから、さぞ、焦り焦りして家の人達を叱り飛ばしていることでしょう。仕方がないわ、じゃこれからちょっと行って来ます」
私は脱いだ靴をまた履いて、東山邸にいそいだ。
品川の海を見晴した宏壮な邸も、主家の一部と離れの茶室だけが残って、あとは全部戦災を受けていた。あの体面を気にかける彼が、まだ手入れもしないのはよくよくのことだろう。聞けば邸も内々売物に出ているという噂だから、懐は相当苦しいに違いない。何しろひと頃あんなに景気のよかった軍需会社も終戦と共に閉社してしまって、第二封鎖と財産税とにいためつけられてしまった上、十人近い家族を抱えての居食いだから、並大抵のことではあるまい。
東山春光の父と私の父親が親しかった関係から、私は彼と友達だった。彼は高等学校時代からの道楽者で、富豪の息子にあり勝な、我儘で見栄坊で、ひとりよがりの通人で、歯の浮くような男だった。が、女にかけては相当なもので、新橋あたりの待合へ入り浸って、そこから学校へ通ったなどという噂を聞いた。奥様運の悪い人で、器量望みで貰った最初の妻ともいれて五人目のを失ってからは正妻を迎えず、外に囲ってあった第二夫人を家にいれていた。