1 / 17

女流探偵桜井洋子のところへ、沼津の別荘に病気静養中の富豪有松武雄から、至急報の電話がかかり、御依頼したい件が出来た、至急にお出でを願いたい、と云ってきた。

有松は如才ない男だ。殊に婦人に対しては慇懃で物優しく、まことに立派な紳士であるが、どういうものか洋子は彼を好まなかったので、ちょっと行き渋ったが、職業柄理由なく断わるのもよくないと思い、午後四時四十分発の急行で、東京駅を立ったのだった。

汽車が小田原に着く頃には、ひあしの短い冬の日は、もうとっぷり暮れていた。

洋子はやっとある事件の解決をつけたばかり、ゆっくり休む暇もなく、直ちに車中の人となったので、座席に落付いてみると、一時に疲れが出てぐったりとなり、おまけにひどい睡魔に襲われて、ともすればうつらうつらとなるのだった。

ふと、近くで人の話声がした。彼女は夢のようにそれを聞いていた。声はどうやら通路あたりから聞えて来るように思われる。

「うまく行った。が、危ぶないところだった。何しろ、――客車全体にはッてやがるんだから――」

調子は荒っぽいが、声は細くて柔かい感じがした。返事は聞えない。

「どんなに手配したって、――目的を果すまでは、掴まっちゃならないぞ!」

少時、間を置いて、また、

「なアに、愚図々々云ったら、――俺がやッつけッちまう」底力の籠った云い方をした。

それぎり途絶えてしまった。

ところが湯ヶ原を通過すると間もなくだった。突然、「さア行こう」と同じ声がした、と思うと非常ベルが鳴り、列車は俄かに速度を緩め、停車しようとした。洋子はぼんやりと眼を開けていた。その時、突如出入口のドアを開け、身を跳らせて飛び降りた二つの影を見た。一人は背の高い、がっちりした体格の鳥打帽の男、もう一人は小柄で細そりとした色白の細面だった。

やがて、汽車はレールの上を引きずられるような重い音を立てて停った。乗客は総立ちとなり、車内は騒然とした。真暗な外を透し、事故を知ろうとする顔が、窓に重っている。が、別に何事もなかったものと見え、車はまた静かに進行を続け始めた。

「どうしたんだ? 何があったんだ?」

「轢かれたのか?」

大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子の他の作品

🎧
蘭郁二郎氏の処女作
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子 ・ 約1分
アンケート
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
青い風呂敷包み
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
機密の魅惑
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
今年の抱負
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
消えた霊媒女
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
最初の印象
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
恐怖の幻兵団員
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
鷺娘
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
蛇性の執念
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
あの顔
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子
黒猫十三
大倉※[#「火+華」、第3水準1-87-62]子