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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約13,600字 ・ 読了時間 約28分

あらすじ(AIが作成しました)

谷中三崎町の大地主の娘・お蘭が、正体不明の美貌の若衆と密会を重ねる。夜な夜な縁側から宙を飛ぶ怪物の噂にお蘭の周囲では不穏な空気が漂い、やがて彼女の身に凄惨な事件が降りかかる。報せを受けた銭形平次は、お蘭の部屋に夜ごと現れた若衆の正体を突き止めるべく、豪商細田屋の奉公人たちが集う屋敷で調査に乗り出す。平次は、関係者の供述と現場に残された獣の毛の謎を解き明かし、事件の裏側に潜む複雑な愛憎と虚飾を炙り出す。

野村胡堂

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一

「姐さん、谷中にお化けが出るんだが、こいつは初耳でせう」

松が取れたばかり、世界はまだ屠蘇臭いのに、空つ風に吹き寄せられたやうな恰好で、八五郎は庭木戸へ顎を載せるのでした。

「ま、八さん、お早やうございます」

お靜はそれでも、襷を外して、縁側の上から、尋常に挨拶するのでした。朝の仕事が濟んで掃除して居るところ、淡い陽射しが足もとを這ひ上つて寒々とした風情の中に、僅かに赤いものを着けたお靜のたゝずまひが、何んとなく四方の空氣を和めます。

「八か、脅かすなよ、お化けや借金取は親類附き合ひをして居るから驚かねえが、お靜が膽をつぶして障子を開けたまゝだから、縁側の埃は皆んな部屋の中へ逆戻りだ」

平次は長火鉢を抱へ込むやうに、無精煙草の煙を吹いて居ります。

「脅かすわけぢやありませんが、女はどうして斯うもお化けが嫌ひなんでせう、お、寒ぶ」

八五郎はその障子の隙間から、禰造を拵へたまんま、長火鉢の側ににじり上がりました。

「朝つぱらから、そんな話を持込むからだよ。第一縁側から入つて來るのは、猫の子とお前ばかりぢやないか。たまには表へ廻つて、案内を頼む心掛けになつて見ろ」

「へツ、此方の方がいくらか近いやうで」

「呆れた野郎だ」

「ね、親分、あつしの叔母さんだつて、矢張り女の子でせう」

「當り前だ」

「その叔母が、谷中へ泊り込みでお仕事に行つて、この話を聽き込んで、膽をつぶして歸つて來たんですが、惜しいことをしましたよ。お化けと取つ組む氣で、もう少し聽き込んで來ると、こいつは良いネタになり相ですが」

「俺にお化け退治をさせようといふのか。そんな話なら御免蒙るぜ八」

「でも人助けになるぢやありませんか。大きく言へば、それ笹野の旦那がよく言ふ天下靜謐のため」

「大きく出やがつたな」

「だから、ちよいと、冗談に覗いて見ませんか。何しろ相手は谷中三崎町で、大地主の娘、谷中小町と言はれた――」

「嫌だよ。大地主と小町娘ぢや、筋書が揃ひ過ぎるぢやないか。その上化物退治と來ると、そつくり岩見重太郎の世界だ」

「それは何處の岡つ引きで?」

「いよ/\以つてお前は長生きをするぜ」

「へツ、どなたも、さう仰しやいます。ところで煙草を一服」

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