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TORENDIA

良寛の書

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

良寛の書における芸術性と、その筆跡に表れる人間的深奥を論じる随筆。著者は百点に及ぶ鑑賞経験に基づき、晩年の書が唐の古典や平安の能書を凌駕する美と至妙な技能を備えていると評価する。習書を超越した無造作な筆致を達人芸と讃え、書のみならず絵や詩歌を含めたその芸術観を、万法帰一の体現として考察する。書の真価を理解しない半可通を排し、美的偉人としての卓越した実態を解き明かす。

北大路魯山人

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🎧 良寛の書 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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良寛の書には、不肖ながら私も心の底から惚れこんで、一通り見られるだけのものは、百点位見た積りである。

その経験でいうと、良寛様とて未熟時代があって、若かりし頃の書(屏風に書かれている書の時代まで)は、別段のこともないが、後年六十歳頃にもなられてからは、俄然妙境に入り、殊に尺牘の如きは、まことにたまらないまでのものである。唐または唐以前の書に着目して学んだ跡の歴々としたものがあり、彼の書道における眼の利き方、見識の高さを示して余りあるものがある。

羲之を学んで能書の聞こえ高かりし物徂徠(荻生徂徠)の如きも過去にもあるにはあるが、良寛の如き美しき芸術性は具わらず、超凡というところまでは行かなかった。この点、流俗的に書家風を逐う徂徠は、良寛のように習書から離れ脱しきることはできなかった。ただ一般の儒者たちに比して見る時、力強く勝っているに過ぎなかった。その点、まことに良寛は達人芸であり、達人趣味である。

道風の「秋萩帖」に学んだ跡も見られるが、「秋萩帖」以上に美しい。徳川末期の書が道風という古い時代の名人に優っているなぞということは、実にとんでもないことである。このような奇蹟は他に類例を見ないといってよかろう。

学者として、宗門の人として、また人格者として稀に見る美的偉人である。それら総てが内容となって、晩年の書はまさしく天下一品、美の化身といえよう。美しく気高き内容を持つ作品、それは主として人格の所産であって、人品骨柄の顕現である。

しかも、良寛という人、単に技能面からいっても、過去何者に対比してみても、類例なしと叫びたいまでにうまいのである。うまいものはうまい、ただのうまさではないのである。至妙といってよいか、デリケートと称うべきか、まことに悟りに悟って至り得た技能である。その技能が頂天に達している点、まことに天才の真価をいかんなく明らかにしている。美しき線、美妙な持ち味がそれだ。

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