TRENDIA CLASSIC

フアイヤ・ガン

徳田秋聲

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何某署の幾つかの刑事部屋では、その時殆んど総ての刑事たちが、みんな善良さうな顔をそろへてゐた。不断ならばちよつと好い気持のしない表情の持主でも、全市が大混乱のなかにあつて、大自然の暴威の前に一様に慄へあがつてゐた時なので、人間の本能がもつてゐるどんな勝手な真似でもが、共存的な好いところと一つになつて極度に拡大されてゐた時なので――勿論人間の悪い智慧や好い智慧や、深刻な心理がみんな閉塞してしまつて、尤も手近な感情ばかりが働いてゐたから、普通の犯罪が犯罪らしくも見えなかつたゞらうし、たとひそれが犯罪であつたにしても、群衆心理に支配された種類のものであつたから、それがちよつと普通一般のことのやうに思はれた。犯罪を捜す目に映る総てのものが、また顕微鏡か何かで見るやうに異常に拡大されてゐたので、人道上許しておけない残虐が、この際仕方のないことの様に思へたり、貴重な人命が自分さへ其の災厄にかゝらなければ、何の値打もないものゝやうに感ぜられたりした。感覚にふれる総てのものが、何一つ不断の状態におかれてはゐなかつた。地上の有らゆるものが、残らず歪んでゐるやうに見えた。倒壊したもの、焼かれたものが、総て空に向つてけし飛ばされ若しくは墜落しないで、地面にくつついてゐるのが、まだしも多少の安定を与へてゐるくらゐのものであつた。

刑事たちは、その時ひどく一般から恐怖されてゐる鮮人の行動や、錯誤から来た残虐などについて各自の見聴きしたことを話し合つてゐた。頻繁に警察へ舞ひこんで来る報告も報告も、その元を捜索してみると、何の根拠も事実もないことが確められるばかりであつた。彼等は各自にそんな事実を話しあつて賑やかに興じ合つてゐた。

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