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TORENDIA

背負揚

本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

四月初旬の長閑な日、千駄木の自宅で妻の留守を過ごす画家は、タンスの背負揚の中に隠された見知らぬ男からの古い恋文を発見する。妻の過去の恋愛の事実に動揺し、強い嫉妬と猜疑心に駆られた彼は、帰宅した妻に問い詰める。妻は自身の過去を弁解し、二人の関係は一時的に沈静化するが、拭いきれない不安を抱える夫の苦悩を描く。

徳田秋聲

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🎧 背負揚 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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鐘の音さへ霞むと云ふ、四月初旬の或長閑な日であつた。

私は此春先――殊に花見頃の時候になると、左右脳を悪くするのが毎年のお定例だ。梅が咲いて、紫色の雑木林の梢が、湿味を持つた蒼い空にスク/\透けて見え、柳がまだ荒い初東風に悩まされて居る時分は、濫と三脚を持出して、郊外の景色を猟つて歩くのであるが、其が少し過ぎて、ポカ/\する風が、髯面を吹く頃となると、もう気が重く、頭がボーツとして、直と気焔が挙らなくなつて了ふ。

今日のやうな天候は、別しても頭に差響く。私は画を描くのも可厭、人に来られるのも、人を訪問するのも臆劫と云つた形で――其なら寝てゞもゐるかと思ふと、矢張起きて、机に坐つてゐる。而して何か知ら無駄に考へてゐる。

私は去年の冬妻を迎へたばかりで、一体双方とも内気な方だから、未だ心の底から打釈けると云ふ程狎れてはゐない。此四五月と云ふものは、私に取つては唯夢のやうで、楽しいと云へば楽しいが、然とて、私が想像してゐた程、又人が言ふほど、此が私の一生の最も幸福な時期だとも思はぬ。或はラブがなかつた故かも知れぬ。妻が未だ心から私に触れて来るほど、夫婦の愛情に[#「愛情に」は底本では「愛情は」]脂が乗つて居ない故かも知れぬ。其とも此様なのが実際に幸福なので、私の考へてゐた事が、分に過ぎたのかも知れぬ。が、これで一生続けば先無事だ。熱くもなく冷くもなし、此処らが所謂平温なのであらう。

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