TRENDIA CLASSIC

背負揚

徳田秋聲

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鐘の音さへ霞むと云ふ、四月初旬の或長閑な日であつた。

私は此春先――殊に花見頃の時候になると、左右脳を悪くするのが毎年のお定例だ。梅が咲いて、紫色の雑木林の梢が、湿味を持つた蒼い空にスク/\透けて見え、柳がまだ荒い初東風に悩まされて居る時分は、濫と三脚を持出して、郊外の景色を猟つて歩くのであるが、其が少し過ぎて、ポカ/\する風が、髯面を吹く頃となると、もう気が重く、頭がボーツとして、直と気焔が挙らなくなつて了ふ。

今日のやうな天候は、別しても頭に差響く。私は画を描くのも可厭、人に来られるのも、人を訪問するのも臆劫と云つた形で――其なら寝てゞもゐるかと思ふと、矢張起きて、机に坐つてゐる。而して何か知ら無駄に考へてゐる。

私は去年の冬妻を迎へたばかりで、一体双方とも内気な方だから、未だ心の底から打釈けると云ふ程狎れてはゐない。此四五月と云ふものは、私に取つては唯夢のやうで、楽しいと云へば楽しいが、然とて、私が想像してゐた程、又人が言ふほど、此が私の一生の最も幸福な時期だとも思はぬ。或はラブがなかつた故かも知れぬ。妻が未だ心から私に触れて来るほど、夫婦の愛情に[#「愛情に」は底本では「愛情は」]脂が乗つて居ない故かも知れぬ。其とも此様なのが実際に幸福なので、私の考へてゐた事が、分に過ぎたのかも知れぬ。が、これで一生続けば先無事だ。熱くもなく冷くもなし、此処らが所謂平温なのであらう。

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