TRENDIA CLASSIC

女流作家

徳田秋聲

1 / 9

昨夜[#「昨夜」は底本では「咋夜」]同伴が二人できて、栄子は或る日本ものゝ映画の試写を見に行きに、小森をも誘つた。その招待券の小森へも来たのは、つひ二三日前のことで、彼は栄子が工合のわるい体を悲観してゐるので、仕事が一つ片づいたところで、何うせ詰らないとは知りながら、舞踊好きな彼女を観劇に誘つて、それだけでも見ようとおもつて家を出たのであつたが、その間ぎわに其招待券を手にしたのであつた。

悦んで仕度をして栄子は下宿へ帰つて行つた。そして二人一緒に出たのであつた。

「活動の招待券が来てゐた。」小森は途中その話をした。

「どこ?」

「××会館。『彼をめぐる五人の女』とかていふんだよ。好いの。」小森は彼女にきいた。

「見たい! 五人の女優が出るのよ。前触が大変なの。」

栄子は有名なその五人の女優の噂などして、小森に聞かせた。その時にかぎらず、小森は栄子から映画女優の話を、折にふれては聴かされてゐたが、中でも教養のあるY・Oのこととなると、話手にも興味があるとみえて、熱心に語るので、小森も一度見たいやうな気がしてゐた。

「ぢや一度見てみよう。」

その夜の観劇も失望に了つた。

「勉強するわ。勉強しませうね。何処へ行つたつて、何を見たつてもう私達には何ものも与へられないのよ。時間を無駄に費した悔ひが、仕事の方へ気持を駆つてくれるだけなのよ。」

さう云ふ栄子の言葉や気持に、動もするとだらけがちな気分を引締められさへする小森であつた。彼女は書きはじめたり読みだしたりすると、それに没頭しきつて、夜の明けるのも知らないのであつた。何処へ行つても彼女の心はひたすらに芸術を思ひ詰めてゐた。何んなに熱のあるときでも、書くことの方が彼女を悩ませもし、楽しませもするのであつた。

徳田秋聲の他の作品