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TORENDIA

怪談一夜草紙

本文約8,100字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

文久二年の江戸、本郷の千駄木坂下に住む浪人の浅井宗右衛門とその息子・余一郎は、怪奇な噂のある家に平然と暮らしていた。ある晩、お世話になった近隣住民を招いた祝宴の最中、給仕の手伝いに来ていた娘のお角と、息子の余一郎が相次いで姿を消す不可解な事件が発生する。町の人々がその行方を案じる中、岡っ引の調査により、親子はかつてからその地で強盗を働いていた一味であり、この騒動は組織的な犯罪の隠れ蓑であったことが明らかになる。

岡本綺堂

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一

お福さんという老女は語る。

わたくしのような年寄りに何か話せと仰しゃっても、今どきのお若い方々のお耳に入れるような、珍らしい変わったお話もございません。それでも長いあいだには、自分だけには珍らしいと思うようなことが無いでもございません。これもその一つでございます。

わたくしが十七の年――文久二年でございます。その頃、わたくしの家は本郷の千駄木坂下町、どなたも御存じの菊人形で名高い団子坂の下で、小さな酒屋を開いていました。昔はあの坂に団子を焼いて売る茶店があったので、団子坂という名が残っているのだそうでございます。今日とは違いまして、その頃の根津や駒込辺は随分さびしい所で、わたくし共の住んでいる坂下町には、小笠原様の大きいお屋敷と、妙蓮寺というお寺と、お旗本屋敷が七、八軒ありまして、そのほかは町屋でございましたが、団子坂の近所には植木屋もあれば百姓の畑地もあるというようなわけで、今日の郊外よりも寂しいくらいでございました。

その妙蓮寺というお寺の前に、浅井宗右衛門という浪人のお武家が住んでいました。なんでも奥州の白河とか二本松とかの藩中であったそうですが、何かの事で浪人して、七、八年前から江戸へ出て来て、親子ふたりでここに店借りをしていました。宗右衛門という人は、そのころ四十四、五で、御新造には先年死に別れたというので独身でした。ひとり息子の余一郎というのは二十歳ぐらいで、色の白い、おとなしやかな人でした。

浪人ですから、これという商売もないのですが、近所の子ども達をあつめて読み書きを教えたりして、いわば手習い師匠のようなことをしていました。勿論それだけでは活計が立ちそうもないのですが、いくらか貯えのある人とみえて、無事に七、八年を送っていました。お父さんは寝酒の一合ぐらいを毎晩欠かさずに飲んでいました。

この親子の人たちが初めてここへ越して来た時は、わたくしもまだ子供でしたから、委しいことはよく知りませんが、近所の者はこんな噂をしていたそうです。

「あの人たちも今に驚いて立ち退くだろう。」

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