TRENDIA CLASSIC

茶の改革

柳宗悦

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私は今までの「茶」に、どうもあき足りぬ。宗匠と言われる人々の「茶」でも、その眼力や識見や精神に何か便りなさを感じる。著しい弊害をも是正しようとはしないし、用いる器物でさえ、玉石の見分けがあやしい。「わび」、「さび」などの境地から凡そ離れた茶会の有様を見ると、いつも落胆せざるを得ぬ。

それに、私のような自由な立場の者からすると、千家に無上の権威を認めるなどは、とてもおかしい。家元であれば、皆大茶人であるとは義理にも云えぬ。それを有難がる本当の理由はどこにあるのか。凡て封建制のかもす不思議さなのである。

「地獄の沙汰も金次第」というが、免許状も金次第では、茶の道が乱れる。中世時代にカトリックの法王庁で「免罪符」を売ったのを、笑うわけにゆかぬ。

「茶」を金銭の濁りから洗う必要があるとすると、今の家元制度に「茶」を任せておくわけにゆかぬ。随分、堕落するところまで堕落したものである。

只、「茶」そのものには、大した内容があるし、将来世界の文化に寄与する面があると考えられるので、之を何とか正道に戻したい気がしてならぬ。併し、私は嘗って自ら茶人になろうと志したことがなく、従って所謂茶の湯には一向に不慣れな者であるから、陣頭に立って新しい「茶」を指揮するような意向はない。そういうことは、目覚めた茶人自らが為すべきである。

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