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TORENDIA

茶の改革

本文約3,200字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

柳宗悦は、封建的な家元制度や金銭に縛られた現代の「茶」の堕落を批判し、その正道への回帰を訴える。民芸館で収集した名品を茶器として活用し、従来の形式に囚われない自由な茶会を試みることで、伝統を停滞から解放しようと試みる。既存の茶礼や茶室構造の枠を超えた創造的な茶のあり方を提示し、権威に媚びない真の伝統継承と、茶道の新しい可能性を拓くための改革を呼びかける論考である。

柳宗悦

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🎧 茶の改革 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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私は今までの「茶」に、どうもあき足りぬ。宗匠と言われる人々の「茶」でも、その眼力や識見や精神に何か便りなさを感じる。著しい弊害をも是正しようとはしないし、用いる器物でさえ、玉石の見分けがあやしい。「わび」、「さび」などの境地から凡そ離れた茶会の有様を見ると、いつも落胆せざるを得ぬ。

それに、私のような自由な立場の者からすると、千家に無上の権威を認めるなどは、とてもおかしい。家元であれば、皆大茶人であるとは義理にも云えぬ。それを有難がる本当の理由はどこにあるのか。凡て封建制のかもす不思議さなのである。

「地獄の沙汰も金次第」というが、免許状も金次第では、茶の道が乱れる。中世時代にカトリックの法王庁で「免罪符」を売ったのを、笑うわけにゆかぬ。

「茶」を金銭の濁りから洗う必要があるとすると、今の家元制度に「茶」を任せておくわけにゆかぬ。随分、堕落するところまで堕落したものである。

只、「茶」そのものには、大した内容があるし、将来世界の文化に寄与する面があると考えられるので、之を何とか正道に戻したい気がしてならぬ。併し、私は嘗って自ら茶人になろうと志したことがなく、従って所謂茶の湯には一向に不慣れな者であるから、陣頭に立って新しい「茶」を指揮するような意向はない。そういうことは、目覚めた茶人自らが為すべきである。

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