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TORENDIA

武者ぶるい論

本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

黄河の治水の困難を例に、抗うことのできない戦争という災禍に対して、力でねじ伏せようとせず運命として受け入れ、逃げたり降伏したりする処世術を論じる。同時に、過去の経験から利益を得ようと戦争を心待ちにする庶民の野武士的な心理や、戦争の原始的な暴力性を冷静に観察し、戦争を肯定する無邪気な期待の危うさを指摘する。著者は自身の平和主義的な立場から、実利のない闘争を求める世相の悲劇性を浮き彫りにする。

坂口安吾

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妖雲天地にたちこめ、円盤空をとび、巷の天文家は戦争近しと睨んだ形跡であるが、こと私自身に関しては、戦争になっても余り困らない人間だ。どうなろうと運命だから仕方がないという考えは私の持病なのだから。もっとも、運命とみて仕方がねえやと言うだけで、火の子だの地震だの戦争に追いまくられるのが好きな性分ではない。

強いて闘争を好まず、ただ運命に対処する、という心掛けは、平穏温和の精萃、抜群の平和主義者というべきかも知れない。だから私のような人間はバカげた思想を好む。

黄河という河はふだんは水がないが、大雨がくると黄土の泥流あふれたって一年に何メートルも河底に泥が堆積する。あげくに河床が平地よりも高くなって二、三十年目には必ず大洪水を起すという因果な河だ。この川が洪水を起すと、昨日まで利根川を流れていた筈の黄河が、今日は天龍川上流辺からドッとあふれて名古屋の海へ流れこみ、その中間の何百方里が湖水になるという大変動をやらかす。五千年前から黄河治水を専門の学者政治家が散々智恵をしぼっても、今日に至るまで、全然五千年間定期洪水の起るがままである。

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