安吾史譚
本文約11,300字 ・ 読了時間 約23分
あらすじ(AIが作成しました)
天草四郎という美少年を軸に、天草島原の乱の実態と背景を綴る。確実な史料が乏しい中、乱は領主の苛政に苦しむ島原の農民一揆と、天草の切支丹一揆が合流して引き起こされたと推察する。著者自身の史実解釈に基づき、熱狂的な天人と化して独裁的思想を振りかざす少年の虚像を批判的に検討し、当時の愚昧な世相や、静かな良識を持つ人々の存在について考察を加える。原城の廃城跡を訪ね、そこに刻まれた歴史と平凡な営みを対比しつつ、悲劇の再来を憂える一編。
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天草四郎という美少年は実在した人物には相違ないが、確実な史料から彼の人物を知ることはほとんどできない。
天草島原の乱のテンマツ自体が、パジェスの記事や、海上から原城を砲撃したオランダの船長の書いたものなどで日本の史料を補っているような有様であるが、史料の筆者たる日本人も外国人も、一揆の内部のことには知識がなく、外部の日本人は特に切支丹宗門の内情に不案内であるし、外国人も間接的な風聞を書きとめている程度にすぎない。
籠城の一揆軍は全滅したと伝えられ、生き残りは油絵師の山田右衛門作ぐらいに考えられているが、だんだんそうではないことが分ってきたようだ。
五島には参謀長格の大幹部が脱出土着してその子孫が現存し、系図や遺品もあるそうで、他にも落武者がかなりあったようだ。幕府の聯合軍たる各藩へ私的な縁故を辿ったりして降伏して仕えるようになったのもあり、それは幕府の記録に残らなかっただけのようだ。
だいたいこの一揆は、天草島と島原半島と別個に起り、天草は純然たる切支丹一揆だが、島原は領主の苛政による農民一揆であった。この二ツが合流して原の廃城へたてこもったのだが、天草の切支丹一揆といえども十六の美少年の説教だけで事が起るわけはなく、多くの黒幕の浪人どもが居った。また島原の農民一揆が天草の切支丹一揆に合流するまでにも、天草の黒幕だけではなく島原側にも土着の策師や浪人たちがレンラク談合して渡りがついたもので、この黒幕の策師たちが全て切支丹かどうかもハッキリしないが、切支丹であっても、より多く策師的であったことは十六の美少年を利用してほぼ全島的な叛乱へ持って行った謀略の数々で想像される。
このように参謀格の黒幕に限って己れの保身に長じているのは歴史も現代も語るところで、彼らがひそかに脱出に成功していることがようやく今日に至って判明したところでフシギはない。