TRENDIA CLASSIC
自然の復讐
丘浅次郎
1 / 10
一
自然を征服し得たことは人類の最も誇りとする所である。文明と云ひ野蛮と云ふも、畢竟、自然を多く征服し得たか、少なく征服し得たかの相違に過ぎぬ。火を以て随意に物を焼き始めてより、野獣を捕へて家畜とし、雑草を養うて作物としたのも、皆自然の征服であつたが、十九世紀に至つては、自然の征服が急に盛になつて、鉄道を敷いて大陸を征服し、巨船を浮べて海洋を征服し、更に二十世紀に入つては、飛行機を飛ばして天空をも征服するに至つた。水を用ひて灯を点じ、炭を燃やして氷を造るは素より、電波を使役して遠距離の間にも自由に通信し、エツキス放散線を利用して胎内の子供の骨をも写す。また血清を製造して微細なる病原生物を征服し、新薬「六〇六」を注射して「スピロヘーテ、パルリダ」をも絶滅し得ると云うて居る。斯くて人類は自然を征服し得たことを何よりの手柄と心得、文明の進んだことを大に得意として、今後も益々競うて自然を征服せんと努めて居るのである。
併し此所に一つの疑問がある。自然は果して斯様に人類に征服せられるのみで、敢へて之に対して復讐を企てる如きことは無いであらうか。我々が自然を征服し得たりと思うて得々として居る間に、恰も白蟻が堂や寺などを喰ひ弱らせる如くに、見えぬ所で絶えず彼が仇返しを為して居る様なことは無いであらうか。此様な問題は、今日の人類を標準とし、今日の世の中だけを見、目前の勝利に心を奪はれて、たゞ文明を謳歌し居る人等には、恐らく胸に浮ぶことさへ無いであらうが、遠く人類の過去の歴史を考へ、下等な獣類時代から、猿時代、野蛮時代、半開時代を経て終に現今の有様に達したまでの変遷の跡を探るときは、この問題に対して慥に然りと答ふるの外に途は無い様に思はれる。
二
丘浅次郎の他の作品
TRENDIA CLASSIC
いわゆる自然の
美と自然の愛
丘浅次郎
いわゆる自然の美と自然の愛
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
疑ひの教育
丘浅次郎
疑ひの教育
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
教育と迷信
丘浅次郎
教育と迷信
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
境界なき差別
丘浅次郎
境界なき差別
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
改善は頭から
丘浅次郎
改善は頭から
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
芸術としての哲
学
丘浅次郎
芸術としての哲学
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
自然界の虚偽
丘浅次郎
自然界の虚偽
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
進化論と衛生
丘浅次郎
進化論と衛生
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
人道の正体
丘浅次郎
人道の正体
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
固形の論理
丘浅次郎
固形の論理
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
誤解せられたる
生物学
丘浅次郎
誤解せられたる生物学
丘浅次郎
TRENDIA CLASSIC
人類の誇大狂
丘浅次郎
人類の誇大狂
丘浅次郎