書簡 大杉栄宛
本文約2,200字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
千葉県御宿から大杉栄へ宛てたこの手紙は、自身の恋愛観や生き方を理解されない友人・お八重との対話を通じて、執筆者自身の信念を綴る。お八重から向けられる「恋愛の牢獄」や「盲目的な憧憬」といった批判に対し、執筆者は、既存の価値観や社会の枠組みに縛られない自由な道を選択する意志を明示する。他者の誤解を冷静に受け止め、自身の歩む道の正しさを信じて学問と情熱を追求する覚悟を、恋人である大杉に語りかける内容である。
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宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館 発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館
今朝も、あなたからのおたよりを待つてゐましたのに来ないで、長い/\お八重さんからの手紙が来ました。そして、私の今度の事に就いて可なりはつきりと意見を述べてくれました。しかし私は、もう到底理解を望む事は出来ないと断念しかかつてゐます。ひよつとしたら、私の説明が丁寧に詳しかつたら、或は解るかも知れません。けれども、彼の人には、恋愛と云ふ事が何んであるか解つてゐないのです。あの人の恋愛観は、皆な書物の上のそれです。外のいろ/\の理屈は分るとしても、その心持が本当に解らない人には説明のしようはないと思ひます。しかし、私は出来るだけ説明してみるつもりではありますけれど。
私の一番親しい友達が、私をどのやうに見てゐたかを、少しお知らせしませうか。
『あなたの心霊がこの二三年、無意識にも有意識にもあこがれを感じ、渇きを覚えてゐる強い力――殊に異性の雄々しい圧力――これを提げてあなたに迫るものがあつたとしたら、それは必ず大杉氏であつた事を要しない。誰れでもよかつたのではありませんか。これは、あなたの無定見な恋――盲目的な憧憬を意味するのぢやありません。寧ろ、それほど必然的な危機があなたの周囲に生じてゐたと云ふ事を示すのです。それほど重大なワナがあなたに投げかけられてゐたのです。ですから、その強い魅力のある圧力の具体化として大杉氏が現はれたとき、どこまでも慎重にならなければならなかつたのです。これは逆説のやうですけれど、決してさうぢやありませんよ。それが本統に自分の要する力か、自分に適した力か、純粋のものかをぢつと/\凝視する時間を、多く長く持つ程がいいのだつたと思ひます。』