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TORENDIA

人間と云ふ意識

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

岩野清子や平塚らいてうの論考に触発され、個人の思想と日常生活における苦悩を綴る。家族関係や習俗に縛られる自身の日常的な悩みを通じて、自分という狭い枠組みを超えた「人間」としての意識に目覚めていく過程を描く。社会問題を自らの問題として捉え直し、個人の抱える孤独が、あらゆる人を包み込む偉大で広大なものであると認識するまでの内省的な思索を記録した随筆である。

伊藤野枝

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🎧 人間と云ふ意識 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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十月号掲載の岩野清子氏の「個人主義と家庭」と云ふ論文を読んで私は或る点については全く私の考へ方と同一であるのを見出したけれど他の方面に於いて私の考へてゐるのとは可なりに違つてゐることにおどろいた。そうして私はらいてう氏の感想を読んだ。氏の云つてゐられることはまあ私の云はうとしてゐることである。私はだからそのことについては黙つてゐやうと思つたけれど矢張り満足が出来ないので書くことにした。然し私は岩野氏の思想について云々するよりも多く自分の考へについて云ひ度いと思ふ。また実際私は他人の思想に立ち入ることは好まないから。たゞそれに依りて考へさゝれた私の感想を述べやうとするのである。私の考へてゐることゝ岩野氏の思想の何の点に相違があるかは読む人の判断にまかせる。私はたゞ岩野氏の論文によつて考へさゝれた事で云ひたいこと丈けを云ふ。

私は如何なる場合ひにも自分の考へてゐる事に対象を置き度くない。それは今の私たちの生活ではむづかしいことではあるけれど。否むしろむづかしいと云ふよりも夢想であるかもしれない。考へてゐることが外面的に表はれたときにはどうしても何かの対象が現はれないでは済まないけれどもその発想に何の対象も有しないと云ふことはうれしい事である。

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