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TORENDIA

一人二役

本文約6,700字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

無職の遊民であるTは、退屈しのぎと妻の嫉妬心を封じる目的で、変装して他人のふりをし、自らの妻に夜毎接触する奇妙な計画を立てる。次第に妻はその仮想の男に対して好意を抱くようになり、Tは更なる変装を重ねて妻と同棲生活を始める。やがてTは友人に対し、自身の計画を妻は見抜いていたこと、そして円満な家庭を維持するために妻が騙されたふりを続けていた事実を明かす。人間の心理と夫婦の駆け引きを鮮やかに描く。

江戸川乱歩

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🎧 一人二役 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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人間、退屈すると、何を始めるか知れたものではないね。

僕の知人にTという男があった。型の如く無職の遊民だ。大して金がある訳ではないが、まず食うには困らない。ピアノと、蓄音器と、ダンスと、芝居と、活動写真と、そして遊里の巷、その辺をグルグル廻って暮している様な男だった。

ところで、不幸なことに、この男、細君があった。そうした種類の人間に、宿の妻という奴は、いや笑いごとじゃない。正に不幸といッつべきだよ。いや、まったく。

別に嫌っていたという程ではないが、といって、無論女房丈けで満足しているTではない。あちらこちら、箸まめにあさり歩く。いうまでもなく、女房は焼くね。それが又、Tには一寸捨て難い、おつな楽みでもあったのだ。一体Tの女房というのが、なかなかどうして、Tなんかに、勿体ない様な美人でね。その女房に満足しない程のTだから、その辺にざらにある売女などに、これはという相手の見つかろう筈もないのだが、そこがそれ、退屈だ。精力の過剰に困っているのでもなければ、恋を求める訳でもない。ただ退屈だ。次々と違った女に接して行けば、そこにいくらか変った味がある。又、どうした拍子で、非常な掘出し物がないでもあるまい。Tの遊びは、大体そんな様な意味合のものだった。

さて、そのTがね、変なことを始めた話だよ。それが実に奇想天外なんだ。遊戯もここまで来ると、一寸凄くなるね。

誰しも感じることだろうが、自分の女房がね、自分以外の男に、つまり間男にだね、接しる時の様子をすき見したら、さぞ変な味がするだろう、……いや、実際にやられては耐らないが、ただふっとそんな好奇心の起ることがある。Tのあの奇行の動機も、恐らく大部分はそうした好奇心だったに相違ない。T自身では、彼の放蕩三昧に対する細君の嫉妬を封ずる手段だと称していたがね。

で、彼は何をしたかというと、ある夜のこと、頭から足の先まで、すっかり外で調えた新しい服装で、鼻の下へはチョッピリ附髭までして、つまり手軽な変装をしたんだね。そして、自分のでない、出鱈目のイニシアルを彫らせた銀のシガレット・ケースを袂にしのばせて、何気ない風で自宅へ帰ったものだ。

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