幽霊
本文約11,900字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
実業家平田のもとに、かつて恨みを抱いていた辻堂が死んだという報告が入る。平田は安堵するが、死んだはずの辻堂を名乗る脅迫状が届き、やがて平田の行く先々に辻堂の亡霊が現れるようになる。精神的に追い詰められた平田は明智小五郎に相談する。明智は辻堂が郵便配達員に変装して平田の行動を把握し、戸籍謄本の偽造や工作を行っていたことを突き止め、怪奇現象の裏にある人間的な犯行の全貌を解明する。
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「辻堂の奴、とうとう死にましたよ」
腹心のものが、多少手柄顔にこう報告した時、平田氏は少からず驚いたのである。尤も大分以前から、彼が病気で床についた切りだということは聞いていたのだけれど、それにしても、あの自分をうるさくつけ狙って、仇を(あいつは勝手にそう極めていたのだ)うつことを生涯の目的にしていた男が、「彼奴のどてっ腹へ、この短刀をぐっさりと突きさすまでは、死んでも死に切れない」と口癖の様に云っていたあの辻堂が、その目的を果しもしないで死んで了ったとは、どうにも考えられなかった。
「ほんとうかね」
平田氏は思わずその腹心の者にこう問い返したのである。
「ほんとうに何んにも、私は今あいつの葬式の出る所を見届けて来たんです。念の為に近所で聞いて見ましたがね。やっぱりそうでした。親子二人暮しの親父が死んだのですから、息子の奴可哀相に、泣顔で棺の側へついて行きましたよ。親父に似合わない、あいつは弱虫ですね」
それを聞くと、平田氏はがっかりして了った。邸のまわりに高いコンクリート塀を繞らしたのも、その塀の上にガラスの破片を植えつけたのも、門長屋を殆どただの様な屋賃で巡査の一家に貸したのも、屈竟な二人の書生を置いたのも、夜分は勿論、昼間でも、止むを得ない用事の外はなるべく外出しないことにしていたのも、若し外出する場合には必ず書生を伴う様にしていたのも、それもこれも皆ただ一人の辻堂が怖いからであった。平田氏は一代で今の大身代を作り上げた程の男だから、それは時には随分罪なこともやって来た。彼に深い恨みを抱いているものも二人や三人ではなかった。といって、それを気にする平田氏ではないのだが、あの半狂乱の辻堂老人ばかりは、彼はほとほと持てあましていたのである。その相手が今死んで了ったと聞くと、彼はホッと安心のため息をつくと同時に、何んだか張合が抜けた様な、淋しい気持もするのであった。