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TORENDIA

生物学的の見方

本文約4,800字 ・ 読了時間 約10分

あらすじ(AIが作成しました)

人間を他の生物とは区別せず、あくまで生物の一種として客観的に観察する「生物学的の見方」の重要性を綴る。物事は多角的な視点から総合的に判断すべきであり、特に倫理や教育等の精神科学においても、生物学的な知見を導入することで社会現象の真相に迫れると説く。また、この視点を日々の修養として養うことで、自己を冷静に省みてうぬぼれや不平を防ぐ効用があるとし、教育においても思考の均衡を保つための必須の教養であることを論じる。

丘浅次郎

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🎧 生物学的の見方 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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すべて物は見方によって種々異なって見えるもので、同一の物でも見方を変えると、全く別物かと思われるほどに違って見えることもある。たとえばここにある水呑コップのごときも上から見れば丸いが、横から見るとほぼ長方形に見える。日々世の中に起こる事柄も、ある人はこれを道徳の方面から見、ある人はこれを政治の方面から見、ある人は教育の方面より、ある人は衛生の方面よりというように種々の異なった方面から見るが、かくあらゆる方面から見た結果を綜合して始めてその事柄の真相が知れるのである。一方から見るのみで、他のほうから見ることを忘れては決して正しい観念を獲ることはできぬ。これはもとより明らかなことで、従来とても何か事を調べるにあたってはなるべく各方面から見るように注意していたように見受けるが、ここに一つ今日まで全く忘れられ度外視せられていた見方がある。それはすなわち表題に掲げた生物学的の見方であるが、われらの考えによれば、人間社会に起こる百般のできごとを正しく観察するにはぜひともこの見方を加えることが必要で、これを省いてはとうてい皮相的にとどまるをまぬがれぬ。特に人間の行為を研究の対象物とする倫理、教育等のごときいわゆる精神科学においては今後時代の進歩にともなうために大いにこの見方を奨励する必要があろう。

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