TRENDIA CLASSIC
府中のけやき
中勘助
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昭和三十五年三月三十一日
いつだつたか新聞に蓮の研究で有名な大賀博士が府中の大国魂神社のすばらしい欅の並木が滅びてゆくのを惜まれる記事が載つてたのを読んだ。さうしたらそのつぎなにかの雑誌に戸塚文子さんだつたか同じ処のくらやみ祭と烏の団扇のことを書いてゐられるのを見た。そしてこの偶然に出来た三題話がしきりに私の好奇心?をそそつていつかは行つてみようと私に決心をさせた。生えぬきの関東平野の人間でゐながら府中も欅も知らなかつたのだ。序に迂闊の追加をすれば、大賀博士は一高時代私と同期で、私と同級の奥田正造氏と寮で同室にゐられたとのこと。こちらは知らないのに先方で私をよく知つてたのは私が目にたつくらゐの怠け者だつたからだらう。そればかりか蓮の縁かなにかでこの家内のさとの者はみんな知合ひだつた。あとでわかつたことである。
さて久びさで郊外の自然も楽しみたいと思つてるところへこの気温の高い春がきて庭木の芽が一斉に萌えだした。で、それ とばかりに家内と出かけた。風はずゐぶん強いが汗ばむほど暖い。電車をおりたらぢきに社。由緒がきによれば、祭神は大国魂の神、天孫降臨に際し国土を瓊瓊杵尊に献つて出雲の杵築の大社に鎮座したまふたことは世人の知るところである。……さうして出雲のおみ天穂日命の後裔が初めて武蔵の国造に任ぜられ当社に奉仕してから代々の国造が祭を掌ることになつた、といふ。この気が遠くなるほど古く芒洋とした話は京洛のそれとちがひしんしんとした杉の森のなかに黒ぐろとたつてる東国の社にふさはしい趣をそへる。