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TORENDIA

能の見はじめ

本文約1,900字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

中学三年の時、靖国神社の能楽堂で偶然能に触れた著者が、のちに妹の勧めで本格的に観能を始めた経緯を綴る。学生時代、妹と共に観世家元の家で「三輪」を鑑賞し、その静粛な美しさと舞台の魅力に深く陶酔した体験が語られる。その後、能楽遍歴を重ねる中で妹と共有した時間はかけがえのない記憶となり、現在に至るまで能を鑑賞するたびに、若き日の妹との思い出や今は亡き人々の至芸に思いを馳せ、懐旧の情を抱きながら舞台と向き合う日々を描く。

中勘助

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🎧 能の見はじめ / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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なにか書かないかといつて「能楽思潮」を贈られたが私はずゐぶん古い能楽愛好者ではあるけれども能楽を研究したこともなければその暇もなかつたし、そのうへ学校を出てからは気分的に、或は住居その他の関係からも久しく観能を中絶しなければならなかつた。今この雑誌を見ると必要なこと、面白いことはほかの人たちがみんな書いてゐるし、次つぎの号にも書くだらう。今さら私が蛇足をそへる余地はない。で、ただ古いといふところに多少の興味でもあるかもしれないと思つて私がそもそも能といふものを見はじめた時のことを書いてみることにした。

中学三年の頃だつたらう、とするとやがて六十年になる。祭礼のとき気まぐれから二三人の友人と学校の帰りに靖国神社へいつた。学校は飯田町にあつたから近かつた。そして別にあてもなく能楽堂のあるところへはひりこんだ。謡について多少の知識をもつてるのは私だけだつたが――父が謡をやつてたので――私が誘つたわけではなかつたらう。見所は地面に敷いた蓆で大体いはゆる首本党が前に坐り、その後方に私たちのやうな弥次馬が立たり坐つたりして見物する。正面に高く臨時に設けた桟敷は専ら軍人その他の偉い人たちのためのもので、日清戦争後間もない頃ゆゑ軍人が格別威勢がよかつた。が、実はこれが大向うで、シテが薙刀でも使ふと喜んで盛んに拍手したり声をかけたりする。なかには場末の小芝居のみたいな無遠慮なのもある。紅葉狩の前がすんだところだつたが後がどうだつたか知らない。地裏の低い地面から見上げるのだからろくに見えはしない。

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