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TORENDIA

我らの哲学

本文約25,500字 ・ 読了時間 約51分

あらすじ(AIが作成しました)

自身で長年温めてきた考えを一つの哲学系統として整理し、提示する。他人の説を鵜呑みにせず、物差しを直に当てられるような身近で確かな事柄を出発点とすることの重要性を説く。さらに、子供が経験を通じて信じるような素朴な知識を基盤とし、生物進化論を含めた実験的な探求を通じて得られる論理的な思考方法を提唱する。既存の哲学の枠組みに縛られず、あくまで独自の視点から世界を観察する姿勢を綴る。

丘浅次郎

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一 はしがき

このたび本書の新版を出すにあたって、書肆からなるべく多く追加原稿をそろえてつけるようにとの要求を受けたが、前版以後におりおり雑誌上にかかげた文は別に「煩悶と自由」と題して、最近に出版したゆえ、本書に追加すべきものはほとんど一つも残っていない。ただしせっかく新版を出すにあたって、全く旧版のままにしておくことは、なんとなく思想発表の好機を逸するような心持ちを禁じえぬゆえ「煩悶と自由」の終りに特に一篇を書きそえた例になろうて本書にも新たに一文を書きつづって巻末に追加することとした。

ここに「われらの哲学」という題目を選んだが、これは決して今日新たに思いついたものではない。実は今より三十六年も前から夢みていたことで、いつか一度は自身の考えの全部を一つの哲学系統として整理してみたいとの希望は、すでにそのころからわれらの胸中にあった。また、ある時は「(独孤遺書)想邪乃話」という表題で、世人が理由をたずねず、ただ言い聞かされるままに信じている事柄を、根柢から掘り返して論じてみようかなどと考察をめぐらしたこともあった。これらはいずれも若い時の空想に過ぎず、今日となってはもはやそのようなものができぬは明らかであるが、われらの思想の基礎観念は今日といえども少しも変わらず、かつこれまでに読んだ少数の哲学書には、それと全く同じような考え方はどこにも見当たらなかったゆえ、次にひととおりその要点だけを述べ、それを基礎とした物の見方をいくつか掲げておこう。

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