TRENDIA CLASSIC

名字の話

柳田國男

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日本はきわめて名字の数の多い国

多くの日本人が想像するように、昔というものが現代と無関係のものでないということを証明するがために、名字の話をしようと思う。

我々が十人寄れば多くの場合には十の名字があって、鈴木とか渡辺とかありふれた名は別として、その他の人にあっては、旅行先または交際場裡において同じ名字の人に出合えば、お互いに珍しがるのが普通でありましょう。すなわち日本人の名字の数はそれほど変化が多くて、少なくとも家の数の百分の一ないし八十分の一、すなわち八万ないし十万はあろうと思われる、日本はきわめて名字の数の多い国であります。

なぜ多くの名字ができたか

さて何ゆえにかくのごとく多くの名字がわが邦にできたか、高きも低きもいっせいに、日の神の御裔であるところの大和民族が、いかなる必要があってかくのごとく分れて行ったか。今までこれを考えた人は少ないけれども、実はよほど面白い問題であります。もちろん太郎という名の人が数人あり、清という名の人が数人あるのを区別する目的といえばそれまでであるけれども、それだけのためならばことさらに珍しい面倒な名字を作る必要はないので、一号の清とか二号の太郎とかいうような、下足札のような分類でないことはいうまでもないことであります。

しからばいかなる生活上の必要があってかくのごとき名字を伝えるようになったか、これはやや古い時代の社会を研究してみなければ、明白なる解答を与うることができないのです。

地名と名字との関係

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