銭形平次捕物控
本文約19,800字 ・ 読了時間 約40分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の千駄木で、恋患う裕福な呉服問屋の倅と、足の不自由な浪人の娘が窓越しに密かな交流を続ける。互いに慕い合う二人は、手紙をやり取りし、凧や羽子を用いて病床から僅かな想いを伝え合っていた。しかし、ある日倅が首を絞められた状態で発見される。銭形平次は、娘の従弟である松次郎の不審な動きと、現場に残された凧糸や手紙の状況から、愛憎入り混じる複雑な事件の真相と犯人の正体へと鋭く迫っていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
すべて恋をするものの他愛なさ、――八五郎はそれをこう説明するのでした。
「ね、親分、――笑わないで下さいよ――あっしはもう」
「どうしたえ、臍が痒いって図じゃないか」
「臍も踵も痒くなりますよ。二年越し惚れて惚れて惚れ抜いた同士が、口説きも口説かれもせず、思い詰めた揚句の果、男の方も女の方もどっと患いついたなんて古風な話が、今時の江戸にあるんだから――」
「それが可笑しいと言うのか、お前は?」
「止して下さいよ。大家さんが意見する時の顔そっくりですぜ。そんな尤もらしい顔は親分に似合いませんよ」
「似合わなくて気の毒だが、あいにく俺の顔は、これ一つしかないよ」
銭形平次と八五郎の話は、馬鹿馬鹿しく空廻りしながら、急所急所の要領を掴んで行くのでした。
「でもね、親分。恋患いとか片思いとか、昔から唄の文句にもあるが、惚れた同士が共倒れに患いついて、明日の命も知れないなんざ、馬鹿馬鹿しいと思いませんかね」
「思うよ。もっとも、羅生門河岸を一と廻りすると請合い五六人の岡惚れを拵える八五郎だって、考えようじゃ馬鹿馬鹿しくなるが――」
「一々あっしを引合いに出さずに、まず話を聴いて下さい」
八五郎の話には、何やら含みがあって、ただの恋物語でもなさそうです。
「黙って聴くとも。お前も話の途中で、妙なところが痒くならないように――」
銭形平次は、お静の持って来た徳利を一本、銅壺の中にポンと入れて、膳の支度を待つあいだ、神妙に八五郎の話を聴く気になった様子です。
「場所は螢沢の畑の中」
「千駄木坂下町だね。恐しく淋しいところだ。野駈けに若い女でも見かけると、昼狐の化けたのと間違える」
「無駄が多いね、親分」
「ホイ、これはお前のお株を横取りしちゃ済まねえ」
「その螢沢の畑の中、藪と流れを挾んで、立派な家が二軒建っていると思って下さい」
「思うよ――どうせ俺たちが借りて住むような家じゃなかろう」
「西の方の二階屋は本町の呉服問屋朝倉屋三五兵衛の寮で、倅の竜吉というのが、学問に凝って商売が嫌い、義理の兄の福之助夫婦と、中年者の女中を一人に小僧を一人使って住んでいるうちに、暇と贅沢が嵩じて、恋の病となった」
「…………」