奇談クラブ〔戦後版〕
本文約13,000字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
レコード蒐集家である望月辛吉が、実業家・国府金弥の遺産を巡る一千万円の秘密を語る。若く美しい妻鈴子を残して急逝した国府は、鈴子の再婚を一年制限する遺言を遺す。初七日に披露されたのは、不可解な言葉を吹き込んだ一枚のレコードだった。後に望月がその音声を逆回転させることで、国府を殺害し小切手を偽造した森川森之助の罪状を暴き出す。鈴子の救済と悪人の告発を願った老人の真意と、事件の顛末を回想する。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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プロローグ
話し手の望月辛吉は、有名なジレッタントで、レコードの蒐集家の一人として知られた男でした。叔父の経営している会社の平社員で――望みさえすれば、専務にも支配人にもなれる七光りの背景を持っているのですが、望月辛吉に取っては下手な詩を作って、好きなレコードを集めて、外国の探偵小説を読んで、マドロス・パイプを磨いて、出世もしない代り、首にもならない今の地位が、譬えようもなく呑気で、そしてこの上もなく快適だったのです。
今夜の話し手は、こういった逸民的存在なる望月辛吉にお鉢が廻りました。尤も彼自身は、一とかど働く人間の積りで、自分を遊堕の民とは夢にも思っておりません。
「私は三四年前、非常に面白い事件を一つ解決いたしました。少くとも医学博士の北村万平先生にも、弁護士の佐瀬渉氏にも、若い実業家の森川森之助君にも解決の出来なかった一千万円の大秘密――そういうと安価な映画か大衆小説の標題のようですが、――兎にも角にも昔の金の相場で一千万円の秘密と、それに絡んで人間二人の命にも拘わる秘密を解決したのであります」
望月辛吉は頗る良い心持そうでした。聴き手にとっても、下手な自作の詩を朗読されるのと違って、これは案外面白いかもしれません。奇談クラブの会員達は、いとも神妙に耳を傾けております。
一
五年ほど前に、有名な実業家で、若くて美しい夫人を持っている、国府金弥老人が死んだことは、皆様も御記憶のことと存じます。醜怪な老人が、たとえ二度目であったにしても、孫のような若い夫人を持つということは、兎角世上の噂に上るものですが、わけてもこの鈴子夫人のように、非常な美人で、詩がうまいとなると、物好きな世間は、安からぬゴシップを飛ばさずにはおきません。