TRENDIA CLASSIC

あじさい

佐藤春夫

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――あの人があんなふうにして不意に死んだのでなかったら、仮にまあ長い患のあとででもなくなったのであったら、きっと、あなたと私とのことを、たとえばいいとか決していけないとか、何かしらともかくもはっきりと言い置いたろう……わたしはどうもそんな気がするのです。でも、あなたがあれから七年も経つのにどうして今日までひとりでいらっしゃるか、またわたしがどうして時々お説教を聴きに出かけたりするような気持になったか、そのわけをあの人は、口に出しては言わなかったけれどちゃんと知ってはいたのですものね。それならばこそ、私を一そうやさしくもしたのでしょう。そのことを思うとわたしは、それだけにまたどうしていいか心が迷うの。そうしてわたしとあなたとがこんな話をしていることも、またこんなことを思って見ることも気が引けてならないのですわ……

そう、今のさっき目に涙を溜めながら女の言った言葉を、男は、自分の心のなかで繰返して見た。そうして、女がどういうわけでそんなことを言うかという心持が男にもわかるように思えた。それにつけてもあの時から言おうか言うまいかと思いまどうている事を、今も、女に打開けようかどうかと考えたりする。それは、――全く、私はあののち幾度あの男が死んでさえくれたら。……と思った事があるか知れないのです。あなたの夫があんなふうにして溺れ死んだその瞬間にも、私はもしかすると遠くで何も知らずにではあったが、それを思いつめていなかったとは言えないのです。実際、それほど度々私はそのことを思ったのだから。男が言おうか言うまいかとしている言葉というのはそれだけのことである。

六畳の仏壇の間に、蒼白くやつれた病児――六つになる女の子の枕元から少し距れたところに女は坐っている。さっきから極く低い音で三味線を弄びながら、目を畳の上に見据えている。その同じあたりの畳の上を見入って男も、今言ったようなことを考えつづけていたが、そんな神経質な考え方を突放そうとして、目を上げて女の横顔を凝と見た。肘枕をしている男の目には女の顔が少し紅を帯びて来たように思えた。

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