宇野浩二君を思う
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あらすじ(AIが作成しました)
再起を信じて疑わなかった旧友・宇野浩二の突然の訃報に驚きながら、学生時代からの四十年に及ぶ交友と、旅好きだった彼との思い出を振り返る佐藤春夫の追悼文。
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二十一日午後十一時ごろ、すでに床について、まさに眠りが訪れようとしていたわたくしは二つの新聞社から起こされて、宇野君の訃に驚かされた。君が一年ばかり前から病臥していたことはもとより知っていた。しかし、元来ねばり強く壮健な体質で、時々病臥しながらすぐ元気になる君を知っていたから、その再起は疑わなかった。そうして病床を訪うこともないうちに君を失ったのは、はなはだうらみである。芸術院の秋の会合には必ず顔を出すものと信じて、新会員の人選などに関して電話で打ち合わせをしたのは一月ばかり前のことであったろうか。その時も家人の話では、病状はたいして案じている様子もなく、久しい病臥に足が少々不自由なだけということで、それでも電話口には出られるというので出てもらったのである。声も元気だし話もはっきりしていた。しかし電話に出るにはだいぶん手間どった。そこでその後、病床を見舞ったという広津君に聞いてみたが、これも再起を疑わない様子にわたくしはまったく安心し切っていたものであった。それだけに君の訃はわたくしには全く文字どおり寝耳に水の感があった。
思えば君との交わりは四十年に近いものである。いやもっと早くわが二十を二つ三つ過ぎたころから、君もわたくしもうずもれて志を得ないころから、わたくしは君がゆたかな才を抱いて、童話などで口すぎをしていたのを聞き知っていた。いやもっと早くお互いの学生時代、君は早稲田、僕は三田と学校は違っていても、銀座あたりの行きずりに君とは早く面識を得ていたらしい。言葉もかわしていたかもしれないがはっきりした記憶はない。何しろ五十年前にさかのぼるのだから。