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TORENDIA

晶子さんの煙草正月

本文約870字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

十九歳の春に出会い、新詩社の門を叩いた二十歳前後の著者が、与謝野寛が仏蘭西へ渡った留守宅を訪ねた際のお正月の記憶を綴る。お書斎で様々な舶来煙草を並べて遊ぶ晶子の姿や、子供を叱る際に「下品」という言葉を好んで用いた様子を通し、芸術家の家庭における品格を重んじる教育方針を回想する一編。

佐藤春夫

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🎧 晶子さんの煙草正月 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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わたくしは直接には奥様とお呼びしてかげでは晶子さんと呼び慣はした。生田長江先生の御夫妻が晶子さん晶子さんと仰言るのに慣れた為であつたらう。ともかく奥様とか、晶子さんとか呼んで、晶子先生と呼んだ事は無かつたからここでも晶子さんと呼ぶ。

晶子さんは我々に対しては同門の一人として先生と呼ぶ事はお許しにならなかつた。寛先生に対する御遠慮であつた。現に同門の一人T・Nが晶子先生と呼んだのに対して

「わたしはあなたの先生ではありません、あなたは主人の門人だからわたしはあなたとは同門といふだけです。」

とはつきり仰言つたのをわたくしは聞いてゐた。わたくしが、晶子さんにはじめてお目にかかつたのは十九才の春、その後が新詩社の門を頻々と敲いた頃だから、わたしの二十才前後の六七年、十五年上の晶子さんが三十五才前後の頃がわたくしのよく存じ上げてゐる頃で、寛先生が仏蘭西にお出かけになつた頃に当る。

わたくしの「都会の憂鬱」時代で、住居も先生の下六番町(?)のお邸に近かつた。

お留守宅に年賀に伺ふと晶子さんはすぐわたくしと知つて座敷の縁の奥にあるはなれ座敷のやうな四畳半のお書斎からお顔を出してこちらへとわたくしを招じたので行つてみると、お机の上にはさまざまな舶来煙草を並べたのをわたくしに示しながら

「暮にある方が贈つてくれたのを、今所在なさに箱から一本づつ出して吹かしてみたり、箱を見くらべたりして遊んでゐたところです。」

と笑ひながら、わたくしにどれを欲しいかと問はれたものであつた。

春の雨障子あくればわが部屋の煙草のけむりうちまぢるかな  といふやうなお作があつたのも、その頃ではなかつたかと思ふが、この歌を思ひ出すと必ずあの煙草と遊んでゐたお正月の晶子さんが思ひ出される。

それとは何の関係も無いが、晶子さんが、お子さん方を叱りたしなめる折には必ずただ一言『下品』またはそれを重ねて『下品、下品』と仰言つたものである。品格の高下が与謝野家の庭訓であつた。善悪を説かないで品格の高下を教へたのも芸術家の家庭のたしなみらしいと今にしてなつかしくゆかしく思ひ当る。

完

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