飲料のはなし
本文約3,100字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
佐藤春夫が四季を通じて求める多様な飲み物について綴る随筆である。少年時代の懐かしい思い出であるラムネや、かつて愛飲したジンジャーエールなど、消えゆく嗜好品への郷愁を語る。また、成人後の自身の体質や酒との適度な距離感、そして現代の日常として、にんじん林檎ジュースやコカコーラ、自家製の夏みかん牛乳といった好みの飲料や、工夫を凝らした食の楽しみ方を独自の視点で紹介する。
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わたくしは老来、毎年少しづつ肥満して今はいつも十八貫以上、下着なども普通のものでは間に合はないが、こんな男一疋の体重になつたのは四十以後で、少年の頃は骨と皮ばかりの痩せつぽち、それでゐて頑健この上なし樫の木のやうなと云はれた体質で、五尺六寸に近い身長で体重は十二貫あるなしであつた。
痩せてゐたせゐか暑さは一向苦にならず、汗なども少しも流れない。今は暑気も厭はしく汗も一人前に湧くが、体の肥痩に関はらずむかしも今も変らないところは、わたくしの体は四季を問はず何日もつねに飲みものを要求してゐる。夏になると特に甚しい。
つねに飲みものを要求してゐると云へばいかにも酒好きのやうだし、平素渇望の念に堪へぬと云へば、何か精神的な要求のやうに聞えるが、そのどちらでもない。まるで植物のやうに水分がほしいだけなのである。
はじめ飲みもののことを書かうと云ふと「お酒のこと?」と聞かれて、気がついたから「飲料のはなし」と題を変へてみた。
酒は二十のころ、大人の真似がしたくて血気にまかして飲まないではなかつたが酒はわたくしの喜怒哀楽を煽つて野性を益々激しくするから、といふほどの反省の結果ではなく本来体質に合はなかつたものかつい酒飲みにはならなかつたが、酒の味そのものは好きだからひとりで、ちびりちびりついジョニーヲォカアを一本空にしてゐた事もあつた。尤も一日がかりであつた。それも常態ではない、平素は三盃上戸と名告つて三盃までの酒の味はまことに天の美禄と思へるがそれからあとは飲みたくない。第一にのやうに赤い顔になるのが見ぐるしく今業平を以て自任する男振りが台なしになるから三盃以上は美人の勧めがあるほどお辞りと決めてゐる。その代り佳肴があつて三盃で切り上げさせてくれるならいつでも喜んでおつき合ひしたい。但し銘酒に限る、これでも酒の味は少しわかるといふ生意気にわがままな左利きである。酒間の趣は解するが酔漢のお相手はご免である。