月と手袋
本文約39,300字 ・ 読了時間 約79分
あらすじ(AIが作成しました)
シナリオ・ライターの北村克彦は、愛人であるあけみと共謀し、彼女の夫で高利貸しの股野重郎を殺害する。事件後、克彦とあけみは犯行を隠蔽し警察を欺こうと画策する。しかし、二人の前には名探偵・明智小五郎の影が迫っていた。警察は最新の捜査手法や心理的な揺さぶりを駆使し、巧妙なトリックで完全犯罪を目論んだ二人の追い詰められた心理を描き出し、逃れられない証拠を提示して彼らの罪を暴いていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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*作中、ディクスン・カー著『皇帝のかぎ煙草入れ』のトリックに言及されています。未読の方はご注意ください。
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一
シナリオ・ライター北村克彦は、股野重郎を訪ねるために、その門前に近づいていた。
東の空に、工場の建物の黒い影の上に、化けもののような巨大な赤い月が出ていた。歩くにしたがって、この月が移動し、まるで彼を尾行しているように見えた。克彦はそのときの巨大な赤い月を、あの凶事の前兆として、いつまでも忘れることができなかった。
二月の寒い夜であった。まだ七時をすぎたばかりなのに、その町は寝しずまったように静かで、人通りもなかった。道に沿って細いどぶ川が流れていた。川の向こうには何かの工場の長い塀がつづいていた。その工場の煙突とすれすれに、巨大な赤い月が、彼の足並みと調子をあわせて、ゆっくりと移動していた。
こちら側には閑静な住宅のコンクリート塀や生垣がつづいていた。そのなかの低いコンクリート塀にかこまれた二階建ての木造洋館が、彼の目ざす股野の家であった。石の門柱の上に、丸いほやの電燈がボンヤリついていた。門からポーチまで十メートルほどあった。二階の正面の窓にあかりが見えていた。股野の書斎である。黄色いカーテンで隠されていたが、太い鼈甲縁の目がねをかけ、ベレー帽に茶色のジャンパーを着た、いやみな股野が、そこにいることが想像された。克彦はそれを思うと、急にいや気がさして、引き返したくなった。
(あいつに会えば、今日は喧嘩になるかも知れない)