「の」の字の世界
本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
幼稚園への入園を控えたうたちゃんは、絵本の内容を創作して楽しむため文字を覚える必要性を感じていない。しかし名前を書く練習として教え始めた「の」の字をきっかけに、うたちゃんの世界は「の」で溢れかえるようになる。カタツムリの殻や新聞、周囲のあらゆる形に「の」を見出し、字を書くことに夢中になった幼子の成長と、その不思議な発見の喜びを温かい眼差しで綴る。
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うたちゃんは、三人兄弟の末で、来年からは幼稚園へ行こうというのですが、早くから、自分ではお姉ちゃん気どりで「えいちゃん」「えいちゃん」と、自分をよんでいます。「えいちゃん」とは、ねえちゃんのかたことなのです。
うたちゃんは、「えいちゃん」だけに、二つ上のなき虫の兄がなくと、すぐ手ぬぐいを持って行って、なみだをふいてやったり、頭をさすったり、まことによく気のつく、りこうな子なのです。それだのに、どうしても字をおぼえません。なき虫の兄さんの方は、うたちゃんの年ごろには、だれも少しも教えないのに、野球かるたで、平がなはすっかり読み書きをおぼえ、それからは、すもうの名まえといっしょに、その本字までたくさんおぼえていたものです。兄弟でも、これほどちがうものか。うたちゃんも、今にはひとりでおぼえるだろう、といっていても、なかなかそのけぶりもありません。うたちゃんは、え本でもなんでも、あけてみてはすぐおもしろいお話をこしらえて、みなひとりで読んでしまうのです。これでは、まるで字の必要もないわけなのだ、と気がつきました。それにしても、自分の名まえぐらい書けないではようち園でもこまるだろう。
ちょっとためしに、名まえの三字だけでもおぼえさせて見よう、と「う」の字から教えはじめたが、やっぱりだめなのです。二、三日かゝって、やっと読み方はおぼえたが、書くことはどうしてもだめなので、あきらめて「の」の字を教えはじめました。「う」の字の下を「の」のように書くのに気がついたからです。「の」の字を、はじめはまるい字とよんで、これを読むことはすぐおぼえましたが、書くのは、逆の方向にまげたり、しっぽの方から頭へもって行ったり、どうしてもだめでしたが、三日ほどしたら、どうやらそれらしい字ができはじめました。書きはじめても、読み方をわすれてはいけない、と書くけいこをさせながらも、え本や学校の本などを出してきて、うたちゃんに「の」の字をさがし出させているうちに、兄さんの野球の雑誌からも、お父さんの新聞のうしろからも、うたちゃんは「の」の字さえ見れば、きっとひろい出すようになり、書くこともだんだん上手になりました。