にが手の話
本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
ニガテという言葉の現代における用法と、本来の語源や伝承上の意味を考察する。本来は勝負事での相性の良し悪しや、特定の対象を制する特殊な能力を持つ人を指した言葉が、時代とともに意味を変えてきた過程を辿る。特に蝮捕りや特定の家系に伝わる身体的特徴、また料理の出来栄えに影響を与えるという地方の言い伝えなどを引用し、この言葉にまつわる俗信や民族学的背景を探求することで、言葉の変化に対する注意と興味を喚起する。
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苦手といふ言葉の用ゐ方が、東京では此頃變つて來て居るやうである。たとへば酒好きが、牡丹餅は僕にはニガテだと謂つたり、又は我まゝ息子が伯父さんはニガテだなどと謂ふのは、單に「是ばかりは閉口」といふやうな意味で、大抵はどうしてニガテなのかを知らずに、たゞ人がさういふからといふだけで使つて居る。地方には全くこの單語の無いところ、又は新たに都會から學んで行つたところも有らうが、もしも古くから使はれる土地があるとすれば、きつとちがつた意味をもつて居ることゝ思ふ。試みに誰か年を取つた人に尋ねて見てもらひたいものである。
別にわざ/\古い用法に復歸する必要も無いが、言葉は知らぬうちに誠にたわいも無く、中味をかへてしまふものだといふことを、心づくことは何かの參考になる。さうして少なくともこの一語の關する限り、是から聽いたり讀んだりする時に、注意と興味とが多くなるであらう。私の記憶が誤らぬならば、ニガテはもと碁將棋球突きなどの勝負に就て、主として用ゐられて居た時代があつた。本當は自分も弱いのでは無いが、不思議にあの男だけにはよく負ける。どうも彼は私にはニガ手だ。斯ういふ風によく我々は使つて居たのである。外國でも同樣らしいが、勝負事の言葉はよく應用せられるもので、ダメとか岡目八目とかいふ言葉は、碁など打たない人までも今はよく使つて居る。ニガテも多分その一つであらうが、勿論そこが最初だつたら、斯んな言葉は生れないのである。