TRENDIA CLASSIC

廣島へ煙草買ひに

柳田國男

1 / 3

ヨソといふ語が今もまだ漠然と用ゐられて居るのを見ても、我々の「異郷」に名を與へる必要の、新たに起つたものであることが察せられる。

セケン(世間)は外來語であり、且つ又讀書語でもあるが、それでも必要があると我々は之を採用した。セケンシといふ語などは、前者を日常用に編入してから後に、我々の手で拵へた新語のやうに思ふ。

セケンシは辭書には皆輕蔑の感を伴なふものゝやうに解して居るが、それは又一段の變遷であらうと思ふ。少なくとも私などは、やゝ羨みの感じを以てこの一語を習ひ取つた。村の人たちの知らぬことを知つて居る者、旅行が好きで異郷の見聞に富む人といふのが、その最初の意味であつたらしい。無論斯ういふ人は農作は不得手であり、先例因習には異を唱へやすいだらうから、一方に嫌ひさげすみ警戒するやうな者も無かつたとは言へない。其上に彼等があまりにも歡迎せられた結果、近代は寧ろセケンといふ語が平凡になつて、いつ迄も其知識を元手にしようとする世間師を、侮り輕しめる心持が添ふことにもなつたのである。

ウゼケンといふ言葉が鹿兒島などにはある。世間が既に親しいものになつてしまふと、その外側に今一つ、大世間といふ層が想定せられる。さうしてやはり未知の世界、誰といふことも無く自分と對立するものを、意味するやうになつて來たのである。

ウゼケンバラはこの茫漠たる大世間に向つて、あても無く腹をかくことである。今なら厭世などといふ文字が、半分ほど是に當つて居る。憤ると否とにかゝはらず、既に斯ういふものを外界に認むれば、それだけ人生は複雜になつたので、乃ちその内側の今までの小世間が、一つの交際の社會と考へられて來る。言葉が我々の生活を導き、生活が又言葉の内容を分化させる、適切な例だと自分たちは考へて居る。

ヒロバといふ語は關東東北では、都會の意味に今日も使はれて居る。町は實際は甚だ窮屈なのだが、その取留めの無い戻つて來にくい状態が、遠くから眺める者に、廣場といふ感じを抱かせたのである。

柳田國男の他の作品