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TORENDIA

国語学と国語教育

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

国語学の立場から国語教育と国語問題について綴る。言語は技術的表現行為であり、国語教育は現状のありのままの伝授を目的とすべきだと論じる。また、国語の多岐や複雑さを排して単純化を図るのではなく、衣服の使い分けと同様に、質的な整理と統制を通じてその機能を明らかにすることの重要性を説く。さらに、内向的な発展を遂げてきた日本語の特性を分析し、普遍性や新しい発展の可能性について考察する。

時枝誠記

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🎧 国語学と国語教育 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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総督府の森田編修官から、国語教育について国語学の立場から何か書けと云ふ依頼を受けたのであるが、元来朝鮮に於ける国語教育の実践的な仕事に全然携つて居ない私は、国語教育それ自体に就いて云々する資格を持ち合せて居ない。しかし国語について絶えず関心を持ち、学生に対してもその方面の研究と興味とを喚起する様に心懸けて居る私としては、国語教育乃至国語問題と、私の研究との関連については、絶えず注意を怠つて居ないつもりで居るので、さう云ふ私本位の立場から、国語教育について考へて居ることどもを書き連ねて見ようと思ふ。従つてこの稿は、学問の威力を借りて実践的仕事に指揮命令をしようとか、国語教育の将来に指針を示さうとする様な大胆な考へもなく、又それかと云つておざなりな原理論をやらうと云ふ様な考へもない。私自身のことを書くことであるから、人の為になるかならぬかも私は考へて居ない。

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