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TORENDIA

国語学と国語教育との交渉

本文約7,500字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

橋本進吉博士の国語教育に関する見解と、それに対する著者自身の批判的考察を綴る。言語を民族文化の反映とする従来の言語理論に基づく国語学は、国語教育への寄与が間接的にならざるを得なかったと指摘する。対照的に、言語を表現理解の行為として捉える言語過程説を提示し、具体的な言語活動の分析こそが教育内容の確立に不可欠であると論じる。国語教育を技術学科として再定義し、その体系的指針となる国語学の在り方を提唱する。

時枝誠記

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🎧 国語学と国語教育との交渉 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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はしがき

橋本進吉博士は、昭和十二年九月、「岩波講座国語教育」に、「国語学と国語教育」を執筆せられ、国語学と国語教育との交渉、並びに、国語学の国語教育への寄与する点を明かにせられた。(橋本進吉博士著作集第一巻「国語学概論」に転載)私は今ここで、博士の右の論文を手懸りとして、同じ主題に対する博士と私との見解の相違する点を明かにしようと思ふのである。

橋本博士の右の論文は、その後記に、「国語教育には全く素人で、到底任に堪へないのを、編輯の方からのたつての御依頼で強ひて筆を執りました」とあり、その頃、私に対しても、この問題で迷惑してゐるといふやうなことを漏らされたことを記憶してゐるので、右の後記は、必しも単なる謙遜の辞令として記されたものでなく、博士にとつて不満足であり、国語学者としての博士の、国語教育に対する見解の全貌を知るには、甚だ不適当なものであることは、充分推察出来るのである。それにも拘はらず、右の論文を引合ひに出すのは、博士の見解が、当時の言語理論の通説を極めてよく反映したものであると考へられること、それに基く対国語教育理論が、国語教育論者に国語学の国語教育への寄与といふことについて、少からぬ疑問を抱かせるやうになつたことが考へ合はされるからである。更に、博士の言語理論とは、全く対蹠的である言語過程説においては、博士の見解とは、また別個の国語教育に対する寄与が考へられるのでそれらの点を明かにしたいと思ふのである。

一

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