TRENDIA CLASSIC

黄金綺譚

佐藤春夫

1 / 3

これはただごちそうのお話にすぎないが、おめでたい記念号の読み物にふさはしくちよつと景気のいい題をつけて置かう。

わたくしは田舎者で、それも士、道ニ志シテ悪衣悪食ヲ恥ヅル者ハ未ダトモニ語ルニ足ラズと云ふ思想を持つた父の下に育てられたから、美食を論じごちそうを語る資格は全く欠けた人間である。

しかし父は医者で、常に食物の栄養価には注意を払ひ偏食を戒めたおかげでか、既に七十余年の生涯にまだ一度も病気らしい病気をしたこともないのがわたくしである。

それでわたくしの舌は美味佳食を一向に鑑別することもできないにもかかはらず、わたくしの胃腸はふしぎなばかり、よくごちそうを知つてゐる。

それで、普通一般には舌を主にして語られるやに見える天下の食通先生がたとはいささか趣を変へて、ここでは、胃腸の見地からごちそうを語つて見たいと思ふ。決して奇を好んで戯言を弄するのではない。わたくしは分に応じ、自分の持つてゐる資格によつてこの議論を披露するのである。

さて、ここで先づ第一におわびし、おことわり申して置かなければなるまいが、胃腸の見地から論じられるごちそうは、自然の勢として談が少々ばかり尾籠にわたつて、ごちそうの末路も立ち到るやも知れないが、事は真実を述べるに急で、極めて厳粛なのである。決して眉をしかめたり、鼻をつまんだりせずに、ご通読を煩はしたいものである。しかし真実を好まずまた潔癖な君子は、この先は断じてお読み遊ばさないのがよろしからうかとご注意申し上げる。

といふのは、わたくしがごちそうらしいものをいただいて、舌がまだそれを十分に確認することができなかつた場合にも、時を経てわたくしは必ず満足な排泄物を見るので、ああ、あれはやつぱり本当のごちそうであつたのだなと、わが舌の知らなかつたことをこれによつて教へられる。見かけ倒しのごちそうの場合は決してこのことのないのも現金なものである。そこがこれを黄金綺譚と題したゆゑなのである。

佐藤春夫の他の作品