本文へ移動
TORENDIA

月に吠える

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

萩原朔太郎の詩集を巡り、著者である北原白秋がその詩人としての本質や特質を綴る。憂鬱な香水を湛えた剃刀のような鋭さと、地面に直角に立つ竹のような純粋な気稟を併せ持つ作者の魂を分析する。病める魂の孤独と、詩そのものが持つ真実の苦しみと美しさを浮き彫りにし、月に吠える悲しい心の叫びと、その詩から零れ落ちる鮮純なリズムやセンチメンタリズムの結晶化について、深い親愛の情を込めて論じる。

北原白秋

速度
🎧 月に吠える / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 3

萩原君。

何と云つても私は君を愛する。さうして室生君を。それは何と云つても素直な優しい愛だ。いつまでもそれは永続するもので、いつでも同じ温かさを保つてゆかれる愛だ。此の三人の生命を通じ、縦しそこにそれぞれ天稟の相違はあつても、何と云つてもおのづからひとつ流の交感がある。私は君達を思ふ時、いつでも同じ泉の底から更に新らしく湧き出してくる水の清しさを感ずる。限りなき親しさと驚きの眼を以て私は君達のよろこびとかなしみとを理会する。さうして以心伝心に同じ哀憐の情が三人の上に益々深められてゆくのを感ずる。それは互の胸の奥底に直接に互の手を触れ得るたつた一つの尊いものである。

私は君をよく知つてゐる。さうして室生君を。さうして君達の詩とその詩の生ひたちとをよく知つてゐる。『朱欒』のむかしから親しく君達は私に君達の心を開いて呉れた。いい意味に於て其後もわれわれの心の交流は常住新鮮であつた。恐らく今後に於ても。それは廻り澄む三つの独楽が今や将に相触れむとする刹那の静謐である。そこには限りの知られぬをののきがある。無論三つの生命は確実に三つの据りを保つてゐなければならぬ。然るのちにそれぞれ澄みきるのである。微妙な接吻がそののちに来る。同じ単純と誠実とを以て。而も互の動悸を聴きわけるほどの澄徹さを以て。幸に君達の生命も玲瓏乎としてゐる。

室生君と同じく君も亦生れた詩人の一人である事は誰も否むわけにはゆくまい。私は信ずる。さうして君の異常な神経と感情の所有者である事も。譬へばそれは憂鬱な香水に深く涵した剃刀である。而もその予覚は常に来る可き悲劇に向て顫へてゐる。然しそれは恐らく凶悪自身の為に使用されると云ふよりも、凶悪に対する自衛、若くは自分自身に向けらるる懺悔の刃となる種類のものである。何故なれば、君の感情は恐怖の一刹那に於て、正しく君の肋骨の一本一本をも数へ得るほどの鋭さを持つてゐるからだ。

然しこの剃刀は幾分君の好奇な趣味性に匂づけられてゐる事もほんとうである。時には安らかにそれで以て君は君の薄い髯を当る。

北原白秋の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本