室生犀星の印象
本文約2,000字 ・ 読了時間 約5分
あらすじ(AIが作成しました)
北原白秋の雑誌で室生犀星の詩に触れ、そのリズムに深く魅了された著者が、詩人の実像と芸術性を論じる。郷里の停車場で初めて対面した際に抱いた第一印象の悪さや、親交を深める中で感じたその容貌の変容、そして「自然児」と評される独特の人間性について綴る。室生の詩に見られる鋭敏な感受性と音楽的なリズムを、天賦の才能による近代人の感性として高く評価し、彼をドストエフスキーにも比すべき稀有な個性として分析する。
💰 この本を応援する(投げ銭)
室生とはあまり知りすぎて居るので、却つて印象といふやうな者がない。私が始めて彼の名を知つたのは、北原白秋氏の雜誌ザムボア(今のザムボアではない)で、彼の敍情小曲を見た時からだ。その時分は僕等もまた少年時代の心もちがぬけないで、たいさう純樸な若々しい情緒をもつて居たので、お互に浪漫的な小曲をかいてゐた。言はば此の時代は、あの「コサツク」を書いたトルストイ、「貧しき人々」を書いたドストイエフスキイの時代であらう。
室生のリズムが、どういふものかすつかり氣に入つてしまつて、たまらなく感心したのでたうとう未見の彼と逢ふことになつた。郷里の停車場で始めて逢つた時の室生は、詩から聯想してゐたイメーヂとは、全でちがつた人間であつた。私は貴族的の風貌と、青白い魚のやうな皮膚を心貌に畫いて居た。然るに事實は全く思ひがけないものであつた。妙に肩を怒らした眼のこはい男が現はれた時、私にはどうしてもそれが小曲詩人の室生犀星とは思へなかつた。
かういふわけで、室生の最初の印象は甚だ惡かつた。容貌ばかりでなく、全體の態度や、言葉づかいや、言行からして、何となく田舍新聞の記者とかゴロツキ書生とかいふ類の者を思はせる所があつた。然るに不思議なことは、その後益彼と親しんでくるに從つて、彼の容貌や、そのユニツクな人格や態度が、奇體に藝術的な美しさを以て見られてきた。「愛とは美なり」といふことは、實際どんな場合にも事實である。彼と私との友情が如はるに[#「如はるに」はママ]順つて、始め不快であつた彼の怪異な風采が、次第次第に快美なリズムに變つてきたのは不思議である。今の室生は勿論、全體に於て昔の金澤時代の彼とは變つて居るが、とにかく彼の容貌には、どこかヱルレエヌやベトーベンに見るやうな、藝術的の「深みある美しさ」があることを、近來になつてしみじみと感じてゐる。ほんとの美といふものは、矢張人格や心性からくる者であつて、單なる皮膚や肉づきから生れる者ではないやうだ。「偉人の容貌には奧深き美がある」といふことは、たしかに眞實である。