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TORENDIA

奈良の晩春

本文約2,400字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

晩春の奈良を訪れた筆者は、谷崎潤一郎の案内で志賀直哉の住む高畑や春日神社周辺を散策する。志賀との語らいや、谷崎が噂に聞く美しい巫女を追い求めてお神楽を鑑賞する様子などを綴る。巫女の容姿や彼女を巡る印度人の懸想話に興じ、散策の最後には大仏殿の鐘を撞きながら、印度人の恋模様を題材にした小話を空想する。古都の静かな風景と、そこに交錯する現実の出来事や想像の物語を活写する紀行文である。

佐藤春夫

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🎧 奈良の晩春 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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花はおほかた散りうせて、名にし負ふ八重桜は僅かに残つてゐるけれども、かうなると花ももう汚い。さうして藤にはまだ早い。

さういふ季節の奈良の山のなかを(確かに山中と呼ばなければいけない)われらは月日亭から春日さまの方へ通り抜けて行く。潺湲たる流れがあり、木の間洩る日の光は新鮮である。朗かに幽かな山鳥の声がある。さうしてわれらの外にはとほる人もない。われらといふのは僕の夫妻と、それに谷崎潤一郎である。僕らは彼を案内役にして、汽車の出るまでの三時間ほどを散歩がてらにそこらを見物しようといふのである。僕は以前に二度こゝへ遊んだことがある。妻は始めてゞある。聞けば志賀直哉氏はこゝに永住するつもりで、高畑に四百坪ほどの土地を求め得たさうである。かういふ散歩区を持つことが出来る志賀氏を羨まずにはゐられない。僕も画描きにでもなつて、この土地に住んでみたいやうな気がして来た。

谷崎は春日神社でお神楽を見ようといふ。神楽そのものよりも巫女のなかにひとり、水谷八重子に似たのがゐると聞いてゐるので、谷崎はその美しい巫女を僕たちに見せるつもりであつたらしい。いや、彼自身も噂だけでまだ見たことはないといふのだから、自分でも見たかつたに違ひない。

その巫女といふのは画家某氏のところへ浄瑠璃をならひに来るので、年はまだ若いから、語る文句のなかにエロテイツクなことなどがあつても十分に意を解しない。さうして、熱心に顔の表情を動かしながらそれを語るのが、なか/\風情があるとのことである。

「――それを、志賀氏のところへ酒を持つて来たといふ印度人が嫁に欲しがつてゐるのださうだがね」

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