霧の不二、月の不二
本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
甲斐の国から富士山に登る著者が、山麓から頂上までの険しい道のりと、そこで遭遇した霧や月光に彩られた幻想的な山岳風景を綴る。登山の途上で見かける高山植物や、火山特有の峻峭な地形、そして霧の中に孤立した頂上から眼下の雲海を望む体験を描き出す。厳しい自然環境の中で、深夜の剣ヶ峰から眺める月明かりに照らされた神秘的な宇宙観や、下山時に出会った八十四歳の老人との対話を通じ、富士山が持つ圧倒的な神威と峻厳さを伝える紀行文である。
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不二より瞰るに、眼下に飜展せられたる凸版地図の如き平原の中白面の甲府を匝ぐりて、毛ばだちたる皺の波を畳み、その波頭に鋭峻の尖りを起てたるは、是れ言ふまでもなく金峰山、駒ヶ嶽、八ヶ嶽等の大嶽にして、高度いづれも一万尺に迫り、必ずしも我不二に下らざるが如し、不二は自らその高さを意識せざる謙徳の大君なり、裾野より近く不二を仰ぐに愈よ低し、偉人と共に家庭居するものは、その那辺が大なるかを解する能はざるが如し。この夏我金峰山に登り、八ヶ嶽に登り、駒ヶ嶽に登る、瑠璃色なる不二の翅脈なだらかに、絮の如き積雪を膚の衣に著けて、悠々と天空に伸ぶるを仰ぐに、絶高にして一朶の芙蓉、人間の光学的分析を許さゞる天色を佩ぶ、我等が立てる甲斐の山の峻峭を以てするも、近づいて之に狎るゝ能はず、虔しんでその神威を敬す、我が生国の大儒、柴野栗山先生讚嘆して曰く「独立原無競、自為衆壑宗」まとことに不二なくんば人に祖先なく、山に中心なけむ、甲斐の諸山水を跋渉しての帰るさ、東海道を汽車にして、御殿場に下り、登嶽の客となりぬ。
旅館の主人、馬を勧め、剛力を勧め、蓆を勧め、編笠を勤む[#「勤む」はママ]、皆之を卻く、この極楽の山、只一本の金剛杖にて足れりと広舌して、朝まだき裾野を往く。