たちあな姫
本文約10,500字 ・ 読了時間 約22分
あらすじ(AIが作成しました)
新聞社の社員である木村は、ロシアの廃帝の皇女タチアナ姫が東京駅に到着するという情報を得て、急遽駅へ向かう。姫を一目見ようと記者たちが騒然とする中、木村は一行の中に姫がいるかを確認しようと試みる。その後、露国の革命や廃帝一家の惨事に関する報を聞くたび、木村は憤りややり場のない悲しみを感じるが、周囲の冷静な反応に孤立感を深めていく。歴史的な事件に対する人々の関心の薄さと、自身の心情との乖離を描く物語。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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十一月の終か、十二月の初頃でした。私は、その日珍しく社から早く帰って来ました。退社の時刻は、大抵六時――どんなに早くっても五時だったのですが、其日にかぎって、四時頃に社を出たように思います。
その頃は、江戸川縁の西江戸川町に住んで居ました。琴の師匠の家の部屋を借りて、妻と一緒に暮して居たのです。その日、私は社から帰って来ますと、久し振りで銭湯へ行きました。そして、ゆったりとした気持になりました。夕飯を喰べてしまったのが、七時頃でしたろうか。私は妻を連れて神楽坂へでも、散歩に行こうかと思いました。が、久し振りで湯に入った故か、何となく眠気がさして、此儘床に入って、肩の凝らない雑誌でも、読もうかと云う気にもなりました。丁度その時でした。自転車が、表で止まったかと思いますと「木村さん―電報!」と云う声を、聴きました。
『電報!』と云う声を聴く度に、私はいつも国に居る年の寄った両親の事が、電のように、頭の中に閃くのです。そして『父キトク』だとか『母キトク』などと云う文句が、ハッと胸を衝くのでした。だから、私は電報と云う声を聞いてから、それを受取る迄の短くはあるが、然し不快な焦躁の四五秒が可なり嫌でした。私は、その日も何時もの通り不快なショックを受けながら、配達夫の入って来るのを待ちました。まだ若い配達夫は、表の戸をガタ/\開けたかと思うと、
「木村さん、電話郵便です。」と、云いながら赤い小さい紙片を差出しました。何だ! 電話郵便かと、私は何時も電話郵便の配達夫が、電報の声を僣するのを、不当に思いましたが、それでもそれが電報でなくて電話郵便であるのを知ると、心が急に落着くのを覚えました。一体誰から来た何の用だろうと思いながら私は、その電話郵便を急いで読みました。