一九三一年度極東ビヂテリアン大会見聞録
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あらすじ(AIが作成しました)
一九三一年九月四日、花巻温泉で第十七回極東ビヂテリアン大会が開催される。動物性食品を避ける菜食主義者たちは同情派や予防派、また行動の基準に基づき絶対派や折衷派、大乗派などに分かれ、互いの主張を議論する。温泉を訪れていた筆者は、大会に参加する外国人に出会い交流する一方、菜食主義を非難するビラを配る集団の存在を知る。本書は、大会の様子や筆者が見聞した出来事を通じて、食の思想や多様な立場の対立を綴る。
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去る九月四日、花巻温泉で第十七回極東ビジテリアン大会が行はれた。これは世界の食糧問題に対する相当の陰謀をも含むもので昔は極めて秘密に開催されたものであるさうであるが今年は公開こそはしなかったが別にかくしもしなかったやうだ。
たぶんそれは世界革命の陰謀などにくらべると余りこどもじみたものなので誰もびっくりしないためであったらうと思はれる。
その代りその会合たるや極めて古典的で当時温泉に浴してこれを見聞した筆者の無為を慰すること甚大であった。
元来ご承知のごとくビヂテリアンといふのは動物質のものを食べないといふ考のものの団結であり、日本では菜食主義者と訳するけれども主義者といふよりは、〔〕むしろ菜食信者といふ方が、よく実際に適ってゐるとも思はれる。
そ〔〕の中にはいろいろ派があるやうであるが、大体そのテーゼについて大きくわけると、同情派と予防派との二つになるらしい。
同情派と云ふのは、恰度仏教の中でのやうに、あらゆる動物はみな生命を惜むこと、我々と少しも変りはない、それを一人が生きるために、ほかの動物の命を奪って食べるそれも一日に一つどころではなく、百や千や万の〔〕こともある、これを何とも思はないでゐるのは全く我々の考が足らないのでよくよく喰べられる方になって考へて見ると、とてもかあいさうでそんなことはできないとかう云ふ思想をもつものであり予防派の方はじぶんの病気予防のために、なるべく動物質をたべないといふのであくまで利己的な連中の集りである。