見かけだけは肥って居るので、他人からは非常に頑健に思われながら、その癖内臓と云う内臓が人並以下に脆弱であることは、自分自身が一番よく知って居た。
ちょっとした坂を上っても、息切れがした。階段を上っても息切れがした。新聞記者をして居たとき、諸官署などの大きい建物の階段を駈け上ると、目ざす人の部屋へ通されても、息がはずんで、急には話を切り出すことが、出来ないことなどもあった。
肺の方も余り強くはなかった。深呼吸をする積りで、息を吸いかけても、ある程度迄吸うと、すぐ胸苦しくなって来て、それ以上はどうしても吸えなかった。
心臓と肺とが弱い上に、去年あたりから胃腸を害してしまった。内臓では、強いものは一つもなかった。その癖身体だけは、肥って居る。素人眼にはいつも頑健そうに見える。自分では内臓の弱いことを、万々承知して居ても、他人から、「丈夫そうだ/\。」と云われると、そう云われることから、一種ごまかしの自信を持ってしまう。器量の悪い女でも、周囲の者から何か云われると自分でも「満更ではないのか。」と思い出すように。
本当には弱いのであるが「丈夫そうに見える。」と云う事から来る、間違った健康上の自信でもあった時の方がまだ頼もしかった。
が、去年の暮、胃腸をヒドク壊して、医者に見て貰ったとき、その医者から、可なり烈しい幻滅を与えられてしまった。
医者は、自分の脈を触って居たが、
「オヤ脈がありませんね。こんな筈はないんだが。」と、首を傾けながら、何かを聞き入るようにした。医者が、そう云うのも無理はなかった。自分の脈は、いつからと云うことなしに、微弱になってしまって居た。自分でじっと長い間抑えて居ても、あるかなきかの如く、ほのかに感ずるのに過ぎなかった。
医者は、自分の手を抑えたまゝ一分間もじっと黙って居た後、
「あゝ、ある事はありますがね。珍しく弱いですね。今まで、心臓に就いて、医者に何か云われたことはありませんか。」と、ちょっと真面目な表情をした。
「ありません。もっとも、二三年来医者に診て貰ったこともありませんが。」と、自分は答えた。