TRENDIA CLASSIC

学生時代の久米正雄

菊池寛

1 / 5

高等学校に入学すると間もなく教室で、自分の机の直ぐ傍に顔のやゝ赤い溌剌たる青年を見附けた、その青年はASAKAと云ふ字を染めぬいた野球のユニホームを着て居たので、少からず我々を駭かしもすれば、笑はせもしたものだ、さうした稚気がその頃の久米には可なりあつた。其処がまた久米の可愛い所ではあつたが。

間もなく久米はそのユニホームを脱いだ事は脱いだが、そのユニホームのお蔭で二三度野球部の選手達の為に、運動場へ引きずり出されて練習をやらされてゐるのを見た事がある。

その頃から久米は天性の才気とその野次性と茶気との為に、教室でなくてはならぬ愛嬌者になつてしまつて居た。

久米の教室に於ける機智や頓才は幾度我々を欣ばしたか分らないが、今迄も忘れないのは独逸語の時間に久米が独逸語の何とか云ふ字(古い鉄砲の名)を、「種ヶ島」と訳したので皆の大喝采を博した事である。

菊池寛の他の作品