TRENDIA CLASSIC

訳詩集「月下の一群」

佐藤春夫

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第一に僕は感謝しなければならぬ。君のこの立派な仕事が僕におくられてある事を。自ら省みて過分なやうな気がする。それから次に報告しなければならぬ。僕が君のまことの友であつたのが、今はつきりした事を。そのわけはもしこの美しい――内容外形ともに、美しい堂々たる書物が、君の手によつて出来たのでなかつたら、僕はきつとその著者に、多少のねたみを感ずるに違ひない。しかも僕には今、唯よろこびがあるだけだ。思ひ見よ。これが僕の君に対する友情のしるしでなくて何だ。して見れば僕はやつぱり、君にこの書物をおくられてもよいらしい。

それにしても、君の序文の一くさりは、僕を悲しくする。「後世あるひは、語に明かに詩にあつき、高雅な閑人があつて、原作と対比してこの集を読んでくれるかも知れぬ。彼の温情ある賞讚の微笑を、私は地下に感ずるであらうか」これ等の自尊に満ちた言葉を見るにつけて、僕は今更にこの詩集の原語の言葉を知らない事を歎ずるのだ。僕は詩にあつき高雅な閑人だと自信してゐる。もしたつた一つの条件にさへ欠けてゐなかつたなら、僕は必ずや「温情ある賞讚の微笑」を現にこの地上で、君に感じさせることが出来たであらうに!

僕はこの本に就て、それ故にかへすがへすも情けないが、批評する資格がない。それでも昨日の朝、性急に小包の封を切つて以後今夜まで、僕はこの本を見つづけてゐるといふ事実を述べることが出来る。これらの詩篇をそれぞれに、君が発表した第一の機会に、あるひはまた君の原稿でさへも見覚えた――即ち一度、或は二度も知つてゐる。然もこれらの文字は、僕には新秋のやうにいつも珍しいと見える。

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