訳詩集「月下の一群」
本文約2,500字 ・ 読了時間 約6分
あらすじ(AIが作成しました)
六十六家、三百有四十篇から成るフランス詩の訳詩集「月下の一群」について、佐藤春夫が感想を綴る。本書はボードレールの時代から現代に至るまでの時の変遷を捉えた時計のような書物であり、アポリネールやヴァレリー、ジャムらによる多彩な詩篇が収録されている。訳者の優れた感性により、苦渋を感じさせない奔放で瑞々しい訳詩の数々が収められた本作を通じて、読者はフランスの詩的な感性を体験することができる。
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第一に僕は感謝しなければならぬ。君のこの立派な仕事が僕におくられてある事を。自ら省みて過分なやうな気がする。それから次に報告しなければならぬ。僕が君のまことの友であつたのが、今はつきりした事を。そのわけはもしこの美しい――内容外形ともに、美しい堂々たる書物が、君の手によつて出来たのでなかつたら、僕はきつとその著者に、多少のねたみを感ずるに違ひない。しかも僕には今、唯よろこびがあるだけだ。思ひ見よ。これが僕の君に対する友情のしるしでなくて何だ。して見れば僕はやつぱり、君にこの書物をおくられてもよいらしい。
それにしても、君の序文の一くさりは、僕を悲しくする。「後世あるひは、語に明かに詩にあつき、高雅な閑人があつて、原作と対比してこの集を読んでくれるかも知れぬ。彼の温情ある賞讚の微笑を、私は地下に感ずるであらうか」これ等の自尊に満ちた言葉を見るにつけて、僕は今更にこの詩集の原語の言葉を知らない事を歎ずるのだ。僕は詩にあつき高雅な閑人だと自信してゐる。もしたつた一つの条件にさへ欠けてゐなかつたなら、僕は必ずや「温情ある賞讚の微笑」を現にこの地上で、君に感じさせることが出来たであらうに!
僕はこの本に就て、それ故にかへすがへすも情けないが、批評する資格がない。それでも昨日の朝、性急に小包の封を切つて以後今夜まで、僕はこの本を見つづけてゐるといふ事実を述べることが出来る。これらの詩篇をそれぞれに、君が発表した第一の機会に、あるひはまた君の原稿でさへも見覚えた――即ち一度、或は二度も知つてゐる。然もこれらの文字は、僕には新秋のやうにいつも珍しいと見える。